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始めての感情
始めて彼に逢ったのは収監されている留置場だった。
まだあどけなさが残る少年・・・・初見の時そう思った、だが年齢21歳の成人した男だった。
青年と言うにはどこか幼げで色が白く大きな目は額に垂れた前髪で隠されていた。
俯いていてもわかる尋常ではない綺麗な顔、高い鼻梁とふっくらとした唇が目に焼き付いた。
これまで人に惹かれたことも美しい顔に見惚れたこともない。
たとえ女性でもそれほど美しいと思う人には出会っていない。
だがこの青年は・・・・・・・見つめているだけでゴクリと唾液を飲みこんでしまう、それほどまでに魅惑的だった。
彼自身がそれに気が付いていないことが一番の問題かもしれない、この目で見つめられたら・・・・・・動けない。
彼はジッとわたしの目を見て事件の詳細を話す、声までもが甘く耳に心地よく響いてくる。
こんなことは始めてだった・・・・・・自分が魔法にでもかかったような不思議な気持ち。
見てはいけないものを見ているような・・・・・それでいて目が離せない・・・・・にっこりと笑う顔が胸を騒めかせた。
彼の名は柚希海音両親は共に外交官として海外に勤務していた。
彼は幼いころから手伝いと言われる女性と一緒に住んでいると言った。
何をするのも一人、食事も寝るのも風呂もずっと・・・・・物心ついたころから孤独だった。
孤独という言葉さえ知らない子供が広い家で一人成長していった。
そんな彼が酔った上で喧嘩沙汰にまきこまれて暴行容疑で逮捕された。
被害届が出され暴行容疑で告訴、だが事情を聞いてみると彼には逮捕されるほどの非がないと思われた。
被害者だとまくしたてている男の方が数倍たちが悪く、彼はその場の状況から手を出してしまったと思われた。
被害届を出した男の親は、有名企業の経営幹部であり、その事を楯にしてこれまでも何かと問題を起こしていた。
被害者面してとんだ食わせもんの男の言いがかりとしか思えない、こんな奴の好きにさせるわけにはいかない。
こうゆう奴が一番嫌いだった、親の存在がなければなにも出来ないくせに自分が大物であるかのように勘違いをする馬鹿、親もきっと問題がある甘やかしてばかりの馬鹿親だろう。
すぐに被害者及びその親に面談を申し込んだ、ホテルの部屋で3人向かい合い、50代と思われる父親に事件の詳細を話した。
あくまでも加害者側の弁護士として被害者及びその親への謝罪も込めて話し始めた。
事件の経緯を話すうちに父親の態度は明らかに息子に対して怒りと嫌悪を向けてきた、これまでも幾度となくこうゆう事があったといい、この件に関しては被害届も賠償責任も問わないと言ってくれた。
収監されている加害者には改めて謝罪したいと言い、これから先息子の事に関して全て自分が責任を負うと誓ってくれた。
馬鹿親だと思っていたが案外そうではなかったと安堵する。
結局被害届も告訴状も取り下げられたためにこの事件は不起訴となった。
彼にそのことを告げると嬉しそうに笑った。
私は普段企業法務や民事事件を主に扱っている、だが弁護士には弁護士会の規定で一定の社会奉仕活動が義務付けられており、その一環として当番弁護士として登録していた。
当番弁護士とは、拘留中の被疑者が無料で拘置所などの収監場所に呼び出すことが出来る制度だ。
交通費程度が支給されるがボランティアだと言ってもいい、その当番が回ってきて逢ったのが柚希海音だった。
その日のうちに拘留を解かれ彼と一緒に拘置所を後にした。
「大変だったな、これからどうする?」
「ありがとうございます、家へ帰ります」
「そうか、飯でも食って行くか?」
「・・・・・・はい」
礼儀正しくお礼を言われ、親がいなくてもしっかりと躾けられているのを感じた。
「ご両親は家にはいないんだよな」
「はい」
「最後に逢ったのはいつなんだ?」
「2年ほど前に母に逢いました、父は5年前です」
「そうか、親御さんも忙しいな」
「はい」
「寂しいだろ」
「もう慣れてます」
「慣れたら寂しくないって言いたいのか?」
「そうではありませんが・・・・・・仕方ないので」
「そうだな・・・・・両親がいるだけ幸せだって思えばいいか」
「はい」
「何喰う」
「焼肉って食べたことがないので焼肉食べたいです」
「焼肉食ったことがない?だったら焼肉行こう」
「はい」
焼肉を食べたいと言った言葉に驚く、思えば焼肉なんて一人で食べる物でもないし、家で食べられるわけでもない。
家族や友達と行くものだと気が付いてみると彼の事がいじらしく思えてくる。
店に入ると彼と向かい合って座る、物珍し気に肉を網に乗せて焼けた肉をおいしそうにほうばる・・・・・熱々の肉を次々に平らげていった。
見ているだけで幸せな気分になってくる、保護者になったような満足した気持ちで店を出た。
これで逢うこともないだろうと一抹の寂しさを感じると同時にこれ以上一緒にいてはいけないと思う気持ちが交差する。
「じゃぁ、気を付けて・・・・・」
「あのーよかったら・・・・・また逢ってもらえますか?」
「弁護士なんかに用があっちゃ困るぞ」
「・・・・そうじゃなくてあなたにまた逢いたいと思って・・・・」
「わかった、名刺を渡しとくから何かあったら電話しろ」
「はい・・・・・・加賀美さん」
渡した名刺を見て彼が名前を呼んだ・・・・・加賀美さん・・・・・・そう言われて胸の奥で何かが揺らいだ。
私の名前は加賀美峻年齢32歳、両親も兄弟もなく中学のころから親戚の家を転々としていた。
高校卒業と同時に一人暮らしを始め奨学金とバイトの掛け持ちで生活費を賄って卒業した。
卒業すると同時に先輩の行為に甘えて今の弁護士事務所に勤務した。
柚希海音には両親がいて金にも不自由していない、だからといって俺より幸せだとは到底思えなかった。
彼の時折見せる寂しげな顔を見ると思わず抱きしめたい衝動に駆られる、その感情を押さえて彼に逢って大丈夫なのか心配になる。
彼がどういうう意図でまた逢いたいと言ったのかわからないが、つながった細い糸を切りたくなかったのだろう。
大学3年にもなって親しい友達もいないと言っていた、誰もいない家と大学の往復そんな彼に取って唯一頼れる大人が俺だったのかもしれない。
そう思えば逢いたいと言われて断れるわけがない。
名刺を渡し彼からの連絡を心待ちにする自分がいた。
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