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この店の男主人は勤勉であった。いつでも店のため、そしてやってくる客のために努力できる人であった。主人の人柄と味に定評があり、その店は人気の店であった。
最近不思議な客が訪れる。といっても主人は気づいておらず、従業員と常連が変だと思い、主人に教えたのである。
その客は三日に一度訪れる。その度に大きなリュックを携え、その中には奇妙なものが入っているのが見えたという。
あるときはたくさんのキャンドル
あるときは長いマフラー
あるときは強力殺虫剤
あるときは五本のヘアスプレー
またあるときは松ぼっくりが入っていたという。
「今夏ですし、マフラー持ってなんて変だなって思って…もちろん持ってるだけでおかしいなんて良くないかもですけど、なんだか他のお客様と何かが違うんです。」
「別に女の人だしヘアスプレーなんて持ってておかしくないけどさぁ、五本って多くない?っ思ってさ。それからなんか妙な空気を感じたんだよ。これはマスターに言っといたほうがいいかなって思ってさ。」
日ごろから怪しい客がいたら伝えるように教えていたからかアルバイトがそう言ってきたり、不審に思った客が教えてくれた。
本当にできたアルバイトと優しい客だと思いながら、主人が答える。「教えてくれてありがとう。これからは気に掛けてみますね。」
しかし主人は気に掛けると言ってはいたものの、たいして対処は考えていなかった。
これまでおかしな行動は取っていないし、何より仕込みや事務処理でいつもてんてこまいだ。不思議なものを持っていたところで、その客一人を気にし続けるより、まずは明日の仕込みだ。
そう考え、主人は結局その客をしっかり把握していなかった。
それから一週間後、主人が出勤すると、居酒屋が焼失していた。そこから三人の遺体が見つかった。
警察によると、閉店した後に店の裏で出火し、火が全て店に燃え移ったのだという。
その場に店に置いてあった油の缶が置いてあった。どうやら店に盗みに入ったようである。
出火した後からは、あの奇妙なものが多く残っていた。
キャンドル、マフラーに松ぼっくりは火の着火剤となり、殺虫剤とヘアスプレーはエアゾール缶(可燃性ガス入り缶)でさらに燃えた。
三人の遺体の身元は、あの不思議な女と、主人に不審だと教えてくれていたアルバイトと常連客だった。
さらに女はここで焼身自殺を図ろうとしたのだろう。それを止めようとして二人が犠牲となった。
主人は話を聞きながら泣き崩れる。
あの時、話をもっと聞いていれば。
あの時、もっと女を確認していれば。
あの時、明日の仕込みより目の前の客を大事にしていれば。
主人は店と同時に、店を愛してくれていた人も失ってしまった。
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