秘密共有

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彼女と出会ったのは本屋帰りに通った公園。 太陽が照りつき、汗が噴き出すような暑さの中。その子が佇んでいたベンチには、そこだけ涼しげな空気が纏っている気がした。 いや、実際には暑いはずだ。太陽が真上に昇っている中、日傘も差さずに読書しているのだから。 気になる。俺の足はベンチへと向かった。 「あー、えっと…暑くないです?」 「……確かに。暑いね」 彼女の頬には一筋の汗がツウッと流れていた。 「……あっちのベンチは日陰だけど、そっち行かないのか?」 彼女は本を閉じ、遠くの日陰のベンチをじっと見る。 「…あ、ほんとだ。気づかなかった」 「気づかなかったのかよ!」 本に集中しすぎて日差しも暑さも忘れるなんて…。 一体どんな本なんだ?と気になる。本の表紙を見た。 タイトルは『水の国〜すずの城殺人事件後編〜』 「み、水の国シリーズの新刊!?」 「知ってるの?」 「俺それのファン!でも新刊まだ買えてないっていうか、この田舎じゃあと数日届かないってさっき本屋のおばちゃん言ってたのに…」 「これ、予約してたから。駅の本屋行ってそのままここで読んでた」 「良いなぁ…なあ、俺本好きの友達がいなくてさ、良かったらちょっと話さねぇ?あ、あっちの日陰でさ。俺、辻歩ってゆうんだ。お前は?」 「……藤本ゆり。花の百合って書くの」 そう言って、藤本と場所を移し、水の国シリーズファン同士の語り合いをした。 『あめの村殺人事件』のトリックが好き、『すなの丘殺人事件』が一番胸にグッときた、主人公が格好良い、助手兼甥が可愛い…。話はずっと続き、気づけば太陽は沈みかけ、ひんやりし始めてきた。 彼女は数か月前に引っ越してきたということ、しかも同じ高校の同級生とのこと。また今度会って話そうと口約束をして別れた。不思議な雰囲気の彼女と趣味が合って。自分の趣味を初めて知られた。まるで秘密を共有した気分だった。俺の足取りは軽かった。 翌日、職員室の前には、人だかりができていた。中に女生徒と先生が数人話し合っていた。 「この前来た転校生が、校長に呼び出されてんだよ」 声がしたと思ったら、親友の元木誠だった。ゴシップ好きで、学校中のカップル事情に詳しい奴だ。しかも親が高校教師ということもあり、他校の美男美女情報も所持。学内じゃ《情報屋》と呼ばれている。誠がいるということは、恋愛関係での呼び出しか? 「転校生って…もしかして藤本ってやつか?」 「お、歩でも知ってんだ!さすがミステリアス美女って騒がれてただけあって知れられてるなぁ」 いや、昨日会っただけなんだが…それには触れず誠に尋ねる。 「それで、ゴシップしか興味がない誠がここにいるってことは、その転校生が恋愛絡みで呼び出させてるのか?」 「失敬な!だが実際それで正解だぜ」 誠が俺の肩に手をかけ、耳元で話しかけてくる。誠のかけた黒縁の眼鏡が頬に当たった。 「これはお袋から昨日聞いたんだ。藤本、前の学校で女教師と付き合ってたらしいんだよ」 藤本と目が合った気がした。 放課後。藤本は公園のベンチで本を読んでいた。水の国の続きだろう。俺は藤本とどうしても話がしたかった。 「よう」 「……あ、辻君」 わずかに間があってから返事があった。 「次会うのはもう少し先だと思ってた」 「俺もそう思ってた。でも、聞きたいことがあって、藤本を探してた」 「聞きたいこと?……ああ、今朝のこと?」 「…それもだけど。…相談というか……」 「………当ててあげようか?」 藤本がベンチから立ち上がる。 「恋愛相談、じゃない?それも、あなたの友人には言えない類の」 俺は一歩後ずさる。 「お前、一体どこまで知ってんだ?」 彼女は百合の花のような綺麗な笑顔で、俺に笑いかけてくる。 「わざわざ今日話しに来た。私が呼び出されたから?でも知らないなら、単純に聞けばいい。でもそうしなかった。 私の呼び出しの内容を、何かしらの理由で知っていた。でも冷やかしではない。そして私に相談がある。 あなたは私が同性と恋愛関係にあったことを知ってここに来た。おそらく答えはこう。 あなたには同性で好きな人がいる。その恋の相談がしたい。違う?」 藤本は、まるで水の国シリーズの主人公のようにすらすらと言ってくる。 誠が耳元で話しかけてきた時、頬が赤くなっていたのを見られていたのだろうか。 「そうだ、俺は藤本が同性が好きと知ってる。俺も男が好きだ。それも親友を。 俺はお前が同性愛者と周りに言わない。そのことを知ってる奴にも言わないようにさせる。その代わり俺の相談に乗ってくれ」 「分かった。辻君を同性愛者と知ってるけど周りに言わない。相談にも乗る。 その代わり私のことを周りに言わず、このことを知ってる人を周りに言わせないで」 お互いに密告しあう。俺たちは、友人兼秘密共有者となった。
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