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(そうだわ。せっかくだし、寄り道をして帰ろう!)
薔薇園での出来事はすっかり忘れたかのように、クラリスは軽やかに歩き出した。
*
クラリスが向かったのは公爵家からすぐの噴水広場。
女神像の噴水を眺められるベンチに腰かけて手袋を脱ぐと、膝の上に載せた。
青空が眩しく、目に染みる。
クラリスはそれでも空を見上げた。
(初恋が実らないというのなら、せめて家のために結婚しようと考えたのに)
伯爵家に生まれたクラリスには平民の幼なじみがいた。
名前をアンリといい、伯爵家に仕える図書係の息子だった。
図書室に入り浸っていたアンリは、家庭教師のいるクラリスよりもたくさんのことを知っていた。
『アンリには知らないことがなさそうで羨ましいわ』
『恐れ入ります。ただ、僕だって知らないことばかりです。願わくば、もっと、もっと勉強したいです』
同年代の子どもより小柄で、黒縁の眼鏡をかけていたアンリ。
少し気弱なところが貴族の子どもたちと違って親しみやすいとクラリスは感じていた。
――それが恋だと気づいたのは、アンリがクラリスの前からいなくなると決まったとき。
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