夏の大三角

8/15
前へ
/15ページ
次へ
「よっこらしょっと」 今どきそんな言い方って、年寄りじゃあるまいし。 芝生の斜面に座った彼を見ていると、私の興味は尽きぬ思いで一杯となっていった。 この人は何歳なんだろう、ここで何をしていたのか、学校はどこ? 「ここで休めばそのうち元気になるでしょう。手助け頂き感謝致します」 このまま立ち去るべきか。しばらく付き添っていた方がいいのか。 スマホを確認すると、時刻は19時30分に差し掛かるところ。 夜の公園で人気の少ない場所に、素性の知れぬ男と一緒にいて良いものか。 正直に言えば彼は美形の部類であり、私の飽くなき興味は溢れんばかりであったが、今の時代はとかく物騒であるがゆえ。 「お嬢さん、お名前は?」 今どきお嬢さんだなんて。 この人本当に変わってるわ。風体といい、物腰といい…時代劇の役者?みたい。 それとも、あらぬ考えを胸に秘めた危険人物か? しかしこの謎めいた雰囲気が、私の心を引きつけてしまうこと、否定は致しませぬ。 「あ、はい。私、三条と言います。失礼ですが…」 苗字だけならいいだろう。 そういえば公園に入る時、男女二人組が漫才の練習を池に向かってやっていたのを思い出す。 「わたくし、ヒコボシと申します。もしよかったら、三条さんもこちらに座ってはいかがですか」 「ヒコボシさん?」 ヒコボシ…あの、七夕のお話に出てくる? それとも芸名ヒコボシ? この人は恐らく、芸人か俳優のタマゴなんだろう。 そして、何か小芝居の練習をしている…のか? いやいや実は、公園に出没する新手の要警戒人物かも…。 ………。 よし…腹は決まった。ちょっとだけ付き合ってやろうじゃないか。 幸いにもわたくし、合気道を少々嗜んでおりますゆえ、護身術には自信がございますの。 それにどうしても確認したいこともあった。 第一に、私のあらぬ痴態を彼に見られてしまったのか確認せねば。 それに、あの衝撃音の正体も気になるし。 ヒコボシさん何か知っているかも。 …なんて御託を並べはしたが、本音の本音はただヒコボシさんと話がしたいだけだった。 彼の横顔が面前に迫って、青みを帯びた瞳に見入られた時。 彼を支えた時に感じた体温に、私自身の鼓動が高鳴った時。 その瞬間、私はヒコボシさんへの尽きぬ魅力に引き込まれていたのでした。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加