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「よっこらしょっと」
今どきそんな言い方って、年寄りじゃあるまいし。
芝生の斜面に座った彼を見ていると、私の興味は尽きぬ思いで一杯となっていった。
この人は何歳なんだろう、ここで何をしていたのか、学校はどこ?
「ここで休めばそのうち元気になるでしょう。手助け頂き感謝致します」
このまま立ち去るべきか。しばらく付き添っていた方がいいのか。
スマホを確認すると、時刻は19時30分に差し掛かるところ。
夜の公園で人気の少ない場所に、素性の知れぬ男と一緒にいて良いものか。
正直に言えば彼は美形の部類であり、私の飽くなき興味は溢れんばかりであったが、今の時代はとかく物騒であるがゆえ。
「お嬢さん、お名前は?」
今どきお嬢さんだなんて。
この人本当に変わってるわ。風体といい、物腰といい…時代劇の役者?みたい。
それとも、あらぬ考えを胸に秘めた危険人物か?
しかしこの謎めいた雰囲気が、私の心を引きつけてしまうこと、否定は致しませぬ。
「あ、はい。私、三条と言います。失礼ですが…」
苗字だけならいいだろう。
そういえば公園に入る時、男女二人組が漫才の練習を池に向かってやっていたのを思い出す。
「わたくし、ヒコボシと申します。もしよかったら、三条さんもこちらに座ってはいかがですか」
「ヒコボシさん?」
ヒコボシ…あの、七夕のお話に出てくる?
それとも芸名ヒコボシ?
この人は恐らく、芸人か俳優のタマゴなんだろう。
そして、何か小芝居の練習をしている…のか?
いやいや実は、公園に出没する新手の要警戒人物かも…。
………。
よし…腹は決まった。ちょっとだけ付き合ってやろうじゃないか。
幸いにもわたくし、合気道を少々嗜んでおりますゆえ、護身術には自信がございますの。
それにどうしても確認したいこともあった。
第一に、私のあらぬ痴態を彼に見られてしまったのか確認せねば。
それに、あの衝撃音の正体も気になるし。
ヒコボシさん何か知っているかも。
…なんて御託を並べはしたが、本音の本音はただヒコボシさんと話がしたいだけだった。
彼の横顔が面前に迫って、青みを帯びた瞳に見入られた時。
彼を支えた時に感じた体温に、私自身の鼓動が高鳴った時。
その瞬間、私はヒコボシさんへの尽きぬ魅力に引き込まれていたのでした。
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