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はじめて愛をくれた人
穏やかな晴れ空の下、可愛らしい声が私を呼ぶ。
「松葉先生、また明日」
「また明日。気をつけて帰ってください」
「はーい」
数人の子供たちがこちらに手を振り、元気に走って行く。和やかで、平和を実感させる眺めに目を細めた。
この地に暮らして一年。家の傍に簡易的な小屋を建て、竜胆は剣術、私は読み書きや芸事を教えていた。毎日のように村から子供たちや村人が来て気さくに接してくれる。突然やってきた私たちを受け入れてくれた村の人たちのおかげで、心穏やかな日々を送っていた。
こちらと同じようにちょうど終わったのだろう、小屋から竜胆を取り囲むようにして数人が出てくる。人に囲まれ笑う竜胆は眩しかった。
「松葉先生」
「はい、どうしました?」
隣で足を止めた女の子が私を仰ぎ見ている。膝をおって目線を合わせた私の耳に、内緒話をするかのように顔を寄せてきた。
「あのね、これは秘密だけどね……わたし、先生のお嫁さんになってあげてもいいよ」
「え?」
予想もしていなかった言葉。驚きながら女の子を見る。満足気に笑ったその子は呆けている私を残して、村の方へ走って行った。私の思考が追いつかないうちに、どんどん離れていく。
「松葉、そっちは仕舞う物はないか?」
かかった声に慌てて立ち上がる。見送っていた女の子の背から視線を外し、振り向いた。生徒たちと用具の片付けをしている竜胆がこちらを見ている。袋竹刀を数本抱えていた。
「はい、すべて済んでおります。私もそちらを手伝いますね」
「すまん、助かる」
たとえ子供に言われた事だとしても、実際の伴侶の手前、少しソワソワとしてしまう。しかしそんな言葉を貰えるくらい親しみを持たれていることが嬉しくて、にやける口元。誰にも気づかれないよう俯きながら片付けを進めた。
時折吹く風、いくつも重なる虫の声。ここの夜は少し賑やかだ。そんな音に混じって私も甘い声をもらした。
「んっ、なか、に……っ」
「っ、……苦しくないか?」
「はい……心地が良いです」
私の中に熱をうずめた竜胆はそれ以上動かない。お互いの手に指を絡め握りあった私たちは、息を吐きながらじっとしていた。密着している体は汗ばんでいる。
早く大きな刺激が欲しいと疼くが、繋がったままお互いを堪能するこの時間も好きだった。熱い息が溶け合って、私たちの境界もあやふやになる。
「……なんだか昼間は先生と呼ばれている分、松葉を乱すのは悪いことのように感じてしまうな」
「私も同じように思っておりました。皆に取り合われている竜胆様を独り占めしている気がして……」
「それは問題ないであろう。儂は松葉の伴侶だ……いや、松葉先生の伴侶となりたいのは、儂だけではないみたいだが」
「お気づきだったのですか?」
「あのように隠れて話していたことと、おぬしの態度を見ればな」
女の子に言われた言葉にも、私が隠そうとしていたことにも気づかれていたと知り、気恥ずかしくなる。視線を泳がす私に竜胆が笑った気配がした。
「伴侶としての立場を危ぶませたくはないが、微笑ましいものだな」
昼間の女の子の様子を思い出しているのだろう、目元をやわらげる竜胆。その気持ちには私も覚えがあった。
「男女年齢問わず慕われている竜胆先生にも、たくさんの眼差しが注がれていますよ」
「儂の方は親しみを抱いてくれているだけであろう」
「そうでしょうか……憧れ以上のものもたくさんあるように見えますが」
「そうか? 自分ではわからぬものだな」
たくさんの好意を向けられる竜胆は、そのなかに意味合いが違うものがあっても、よくわからないのかもしれない。楽しそうに話す子供たち、村人を見ていると、やはり竜胆は人を惹きつける魅力があるのだなと改めて実感していた。
そんなゆるいやり取りをしていた私たちだったが、どちらともなく、絡めている指の力を強くする。もっと竜胆を感じたいという欲求は、とめどなく溢れてくる。
「しかし、おぬしのこのように乱れた姿を、声を知るのは、儂だけなのだな」
「……竜胆様の宿す熱を、欲する渇いた瞳を知るのは、私だけなのですね」
私を射抜く視線はまた熱を灯す。近づいてくる唇を受け入れると、優しく数回触れ合わせた。昼間の気さくな先生とは違い、ただ男の顔を見せる竜胆に、きゅうと体の中が締まる。私だけがこの竜胆を知っている。
「おぬしの愛に触れる度、儂はどんどんみっともなくなってしまいそうだ」
照れを滲ませながら口にした竜胆の言葉に、息を止める。噛み締めるようにゆっくりと瞬きをした。
竜胆の大きな愛に見合うものを少しでも返したいと思っていた。けれど同時に、自分にそれができるのかと怖くなることもあった。愛してもらえることはこの上なく嬉しいが、貰うばかりは嫌だった。
しかし既に私の想いは伝わっていたのか。びりびりと喜びが体をさらに熱くし、切なさで声が詰まる。
「どうぞ私に様々な竜胆様を見せてください。私の果てない想いに溺れてください」
目頭を熱くしながらも、自然と微笑んでいた。強請るように見上げると竜胆は口付けで応えてくれる。優しくついばんでいた唇がくちゅりと音を立てだした時、竜胆は少し腰を引いた。かと思えばまた中を擦り、ゆるゆると動きが始まる。
「ん、んっ、ん」
お互いに熱い舌を絡み合わせる。押し付けられた腰がさらにくっつき、ぐぐっと奥を目指す。
もちろん今も竜胆は私を気遣い、大切にしてくれる。しかし優しさはそのままに、遠慮がちだった動きが変わってきていた。こうして竜胆の焦れったい我儘が見える度、可愛らしく思ってしまう。
「あっ、んんっ、っ」
「はぁっ、松葉」
ぐちぐちと動く腰。奥を目指しながら、今度は竜胆が強請るように私の唇を舐めた。また深い口付けを繰り返す。
「ん、んぅっ、……っふ」
じっくり時間をかけて昂らせていく熱。竜胆との行為はゆるやかながらも愛しさが詰まっていて、どこまでも満たされる。ずっとこの時間を続けたいと願いながら喘いだ。
「あ、あっ、おくっ、りんどう、さまっ」
「はっ」
「はぁっ、んっ、りんどうさまっ、りんどうさまぁっ」
「あぁ、ここにおる……っ」
じわじわ侵食し、広がる熱。私もたまらず体をくねらせるが、竜胆も苦しそうに息を吐いた。
たえるように眉を寄せる竜胆を見る度、切なさに似た痛みが胸を引っ掻く。もっと満たされたい、もっと満たしたいという想いはどんどん膨れ上がっていく。
「あぁっ、んんっ、ん」
「松葉……くっ」
「はぁっ、はぁっ、ん、んんーっ」
お互い限界に手がかかる。優しく、優しく中を突かれ、私はゆるやかに絶頂を迎えた。
熱を手放した私と同じように、体の中でも弾けた気配がする。私も竜胆もお互いを見つめながら、べとつく体を寄せ合った。
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