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突然の知らせ
ぼんやりと意識が浮上する。何かが焦げたような匂いに、胸がざわりとした。
「殿、大事でございます!」
嫌な予感は的中したのか、慌ただしい声が響く。こんなことは初めてで、瞬きをする私の心音は、どくどくと速くなった。
「何事だ」
「竜胆の地の者が攻め入り、火の手が。死者はおりませんが怪我人がでております」
「竜胆……大人しい男と聞いていたが、大胆なことをする。俺も行く」
「はっ」
隣で横になっていた蘇芳様は、すぐに体を起こすと枕元の刀を手にし、寝室を飛び出して行った。
声をかけることも出来なかった私は、焦げ臭い部屋に残される。
なんとか恐怖を抑え込むと、力の入らない体を起こし、寝衣を整えた。護身用の小刀を懐に入れる。
「松葉」
突然呼ばれた声に肩を揺らす。驚いたまま振り向くと、黒い装束を纏った人物が立っていた。
「姉上……」
「松葉、こっちへ」
自分とは違い忍として生きている姉が、部屋の奥へと促す。分かりづらいが壁が隠し扉になっており、中は緊急時の避難通路になっていた。
「暗いから足元に気をつけろ」
「……はい」
まだ手は震えているし動悸も治まらないが、冷静な姉の姿に少しだけ落ち着いた。
不安でいっぱいだけど、今自分にできるのは逃げることだけだ。短く息を吸い込み、暗い通路に入った。姉の後を追い裸足で歩く。
「蘇芳様は無事でしょうか」
「……わからない、今は」
硬い声に、黙り込む。なるべく嫌な方に考えないように意識しながら進んでいると、外へ出た。
見えた光景に、息を呑む。
「そんな……」
蘇芳様の邸は広く、蔵や馬小屋などの建物がいくつか建っている。その数箇所から、火の手が上がっていた。風は熱気を含み、空が赤い。
「どうして、こんなに、突然」
「……突然ではないさ。境の村では長く小競り合いが続いていたからな」
「……何も、知りませんでした」
何も知らなかった。知ろうとしなかったから当然だけど、毎日領主の側にいたというのに境の村の事など知らずにいた自分に呆然とする。
こんなことが起こり得るなんて、思わなかった。
「私は、どうすれば良いですか」
「ひとまず安全な場所へ……松葉はきっと、これから辛い立場になるだろう」
「そうですか……」
どのくらいの人数で攻め入られたのかわからないが、こちらが劣勢であることは明らかだった。何もできずに立ち尽くし、ただ従者や蘇芳様の無事を願う。
手を痛いほどに握りしめながら、今までの平穏な日々は終わったのだと知った。
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