わからなくなった役目に

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わからなくなった役目に

 贈り物を受け取ったあの日から、竜胆のささやかな配慮に気づくようになった。  例えば部屋に入る時は必ず声をかける。私のそばに来る時は大きな音をたてないよう、そっと歩く。威圧させないためか遠慮がちに少し離れて座る。どんなに忙しくても、毎日言葉を交わす。 「いやぁ、晴れているといつにも増して茶が美味いな」  いつも穏やかな目で私を見る。人の良さそうな微笑みをうかべて。 「とても美味しゅうございます」  湯呑みにたゆたう緑に目を向ける。しっかりとした苦味だが後味が爽やかで、和やかな今日にぴったりだった。緑茶独特の匂いを嗅げば、自然と体から力が抜けていく気がする。 「昨日は馬の世話をしたそうだな、松葉。疲れはないか?」 「はい。世話をしたとは言えませんが、そばで見ると大きいですね」 「あぁ、愛らしいだろう」  邸内では自由が許されているため、昨日は敷地を散歩していた。ふと目を引かれた馬に寄り世話を見学するなかで、少しだけ手伝いのようなものをさせてもらった。 「……初めてのことで、楽しいと感じました」 「そうか! それは良かった」  もうひとつ、あの日から変わったことがある。今まで相手に求められている言葉しか口にしなかった私が、自分の本心を少し口にするようになった。すると竜胆はきまって笑みを深める。  私の気持ちを知れて嬉しいと、全身で伝えてくる。だからか、最近は本心を口にすることが良い事のように思い始めていた。  また部屋には沈黙が落ちる。竜胆との会話は長く続くことはなく、いつも数回のやり取りだが、それでも竜胆の顔は満足気だった。  相変わらず竜胆は私に触れようとしない。夜を共にすることがないまま、ただ穏やかに日々がすぎていた。  竜胆にも、邸の従者にも邪険に扱われることはない。むしろ皆私のことを大切にしてくれているのがわかる。だからこそ、少しずつ罪悪感のようなものが生まれていた。  こんなによくしてもらっても、私はろくに蘇芳様の情報を持っていない。あちらのことも、自分の家のこともよく知らない。竜胆を満足させる機会もない。  毎日、自由に過ごしているうちに、私にはこの体と顔以外に役立つものがないのだと強く思うようになった。 「……」  目を伏せ湯呑みを傾ける竜胆に、そっと視線を向ける。  私は何のためにここにいるのか。私がここにいる意味はあるのか。そんなことを言ったら竜胆はどんな顔をするだろう。  怒って眉をつり上げるか、困り顔で微笑むか、寂しげな目をするか。興味がなさそうに一瞥するだけか。  面倒そうな竜胆の瞳を想像すると、なぜだか胸が重くなる。頭の中の竜胆が冷たい顔の蘇芳様と重なり、知らず知らず湯呑みを掴む力が強くなった。  一度大切にされることを知ったら、ここから離れがたくなってしまう。自分の役目がないことに気づくことが怖い私は、本当に尋ねたいことを口にすることができなかった。
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