自分の役目

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自分の役目

 ほら、まただ。  白くぼんやりとしたなかに、男が見える。姿見の前で乱れがないか確認する男は、安物のスーツを着ていた。  はっきりとは見えないが、自分とは顔立ちが違う男。しかしこれは紛れもなく自分なのだと認識していた。厳密に言えば、前世の自分だ。  私にはここではない別の世界で生きていた記憶が、こうして溢れる時があった。  今は性格はそのままに、違う外見で違う世界を生きている。 「松葉(まつば)、何を考えている?」  聞こえた声にハッとして意識を引き戻す。瞬きをした視界には、長髪の男性が映った。  自分を組み敷く男性は、面白くなさそうに端正な顔を歪める。 「……蘇芳(すおう)様のことを」 「それが真であれば、もっと集中して欲しいものだ」 「申し訳ございません……んっ、あ」 「松葉、今宵も俺を満足させてくれ」 「っん……勿論でございます、蘇芳様」  ぐち、と進められた腰が中を乱す。艶やかな長髪を垂らす男性──蘇芳様は、どんどん動く速度を速めた。 「ん、はぁっ」  甘い声をあげながら、強請るように腕を伸ばす。逞しい体にぎゅうっとしがみついた。 「っ、本当に、俺を喜ばせるのが上手い」 「あっ、っ……蘇芳様から、愛をいただけるなんて、光栄でございます……んっ」 「お前も、お前の家も、すべて俺の物だ」 「あ、あっ」  性格はそのままでも、日本で生きていた頃はこんな話し方ではなかった。これはこの世界で生きるために、叩き込まれたもののひとつだ。  今まさに私で欲を満たしている蘇芳様の伴侶となって、四年。この土地の領主である蘇芳様一族に代々仕える家に生まれ、幼少期から未来の領主を満足させるための術を教えこまれてきた。  本来であれば忍の家に生まれた私は蘇芳様に仕える忍になるはずだった。しかし育つにつれどんどん美しくなる私は忍の訓練から除外された。  そして十五になった日、九つ年の離れた蘇芳様の元へやってきた。それ以来、血なまぐさい世界とは無縁に、蘇芳様のためだけに生きている。自由な身ではないが、贅沢な暮らしを送る自分は幸運だと思った。 「あっ、あぁっ」 「くっ」  堪えるように眉根を寄せる蘇芳様。ぬちぬちと音をたてながら、いっそう激しく突かれた。  蘇芳様の耳元で吐息をもらしながら、少しだけ腰を引く。蘇芳様は逃げようとしたところを強引にするのが気に入っているらしく、すぐに奥までねじこまれた。 「っ」 「あっ、あっ、ん」  それがきっかけとなり、気持ち良さがビリビリと体を駆け巡る。果てた私のあとすぐに、蘇芳様も中で熱を放った。 「もう一度だ、松葉」 「はい……んぅっ」  余韻に浸る間もなく、ずるりと埋まっていたものが出ていく。今度は体をうつ伏せにされ、また中を侵食された。  あとどれほどで夜が明けるのだろう。後ろから小刻みに体を揺すられながら、ぼんやり思った。
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