iRiS

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 のそのそと歩くこと10分ほど、私たちは喫茶アンリ&マユへと無事に到着しました。 「さて、無事に着いたようだな。布津さん――私の上司が店内にいるはずだ。まずは、ご足労に感謝する」  三ケ田さんはお礼を言いつつも、急かすように店内へと誘導しています。 「はい」  私は喫茶アンリ&マユの入り口に立ち、三ケ田さんが開けてくださった木製のドアから店内へ―― 「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」 声をかけてくれたのは、店主と思わしき体格のいい壮年の男性、ではなくて女性? おそらくこの方がアンリさんですね。 その脇にはマユさんだと思われる、細身だけどすごく筋肉質な男性、ではなくて、女性? まあ、細かいことはさておきです。 カウンター席には三ケ田さんの言っていた上司、布津さんらしき女性が座っているのが確認できます。布津さんは三ケ田さんと同じ黒のスーツに、肩のところまである髪の毛を後ろで結っています。年齢は20代後半といったところでしょうか……小柄で、枝のように細い手足、触れたら壊れてしまいそうな女性―― ですが、その見た目とは裏腹に、にじみ出る有能さは並々ならぬオーラとなって放たれています。THE威厳、THE厳格、THE冷厳。  私が布津さんらしき人物から受ける印象のことを考えていると―― 「海風 藍里さん、ですね?」  そんな布津さんと思わしき人物が、そっとこちらを向いてそう尋ねてきました。 「はい。海風 藍里です」  私はビクビクしながら答えます。 「三ケ田、何をしているのです? こちらへ来なさい」 「は、はい!」  布津さんは三ケ田さんに声をかけています。どうやら三ケ田さんは私が店に入った後も、外で待機していたようです。三ケ田さんのこの反応、これは不思議ですね――もしかすると、三ケ田さんは、この布津さんという女性が苦手なのかもしれません。  ええ、わかります。私も苦手です。 「すみません、布津さん、私は、外で待機していた方がよいのかと思い――」 「無用な心配です。貴女も私の下に配属されてきたのですから、いい加減、そのことを自覚していただけませんか? 我々はチーム、ということをお忘れなく」  布津さんに発言を遮られた三ケ田さんは、布津さんからお小言をいただいています。 「はい……申し訳ございません。以後、気を付けます」 「よろしい」  三ケ田さんの物言いも上から目線で少し威圧的だと思っていたのですが、こちらの布津さん、三ケ田さん以上に高圧的な方のようです。三ケ田さんの様子は、まさに怯えた猫のようでした。ネズミに怯える猫さながら。 「さて、海風さん、貴女には重要参考人として我々の活動に協力していただきたいのです。任意、ではありますが、断ればこちらも相応の手段を取らせていただくことがございます」  要するに、私には選択権など最初から存在していない、ということのようです。 「はい、私にできることであれば……」  私は、布津さんの話よりも、カウンター席の隅っこでしょんぼりして座っている三ケ田さんのことが気になって仕方がありません。なんだか、さっきまでの凛とした三ケ田さんが、今では別人のように見えてしまいます。おかわいそうに……。私はほんのちょっぴり、三ケ田さんに上から目線での同情を抱いてしまいました。 「では、少し聴取させていただきます。海風さん、今朝の海風博士はどのような様子でした?」  三ケ田さんのほうを見ていた私を、鋭い目つきで威嚇しながら私に質問をする布津さん。 「ええと、なんだか、どこか余所余所しくて、それでいて、別人のような印象を受けました」  そんな布津さんの質問に対して、ビクビクしていた私は正直に答えていました。それに、こういう質問で嘘をついてしまうと、後々になって取り返しのつかない事態になるものです。 「なるほど、では、何か聞いた話や、預かったもの等はないですか?」  そう、これはまさに、正直に答えてはダメな質問です。そして、嘘をついてしまえば後々になって取り返しのつかない事態になるのです。これは詰みです。顔面蒼白です。  これが、絶体絶命というものなのでしょうか。ああ、誰が、私に救いの手を――  そんな時、カラン、カランと入り口のドアが開く音がしました。 「布津先輩、ヤギ男を目撃したって人物が二人いたんで、ここに連れてきましたよ。今、外で待機してもらっていますけど、どうします?」  お店に入ってきたのは、布津さんの部下と思われる男性でした。チャコールグレーのスーツに身を包み、無精ひげでちょっとだらしない感じのする方ですが――ああ、神様、ありがとうございます。私は、私は救われました。 「いいわ、連れてきて」 「了解」  部下の男性は外で待っていると思わしき人物を連れてくるために、店を出て行きました。 「三ケ田、海風さんをお願い。私は須佐君が連れてきた人物からヤギ男の情報を聞き出すから」 「は、はい! 海風さん、こっちへ」  私は三ケ田さんに手招きされ、三ケ田さんの座っている隅の席へと移動しました。  目撃証言――神社での出来事、でしょうか? 神社にはあれだけ大勢いたのです、二人どころか何十人と目撃者がいてもおかしくはありません。なんだか、謎が謎を呼びます、です。
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