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ヘンリー・A・バロウズ卿
ヘンリー・A・バロウズ卿、20才。
今日これから行われる結婚式に向けて、彼は身支度を整えていた。
相手はブラウン家のアン。
彼女が18才になったら結婚する。
まだ幼かったあの日親同士が交わした約束で、彼らの未来は決まった。
愛情より両家の利益を優先した契約。
貴族同士の結婚はそういうものだ。
たとえそこに愛情はなくとも彼女の良き夫になろうと彼は心に決めていた。
けれど、18才になって再び彼の目の前に現れたアンは、人を惹きつける華やかな美しさを持つ淑女に変貌を遂げていた。
「ごきげんよう」
ドレスの裾をつまみ恭しく挨拶する彼女の姿に、彼は瞬く間に心を奪われた。
大きくなったら結婚しよう。そう定められた相手に好意を抱けた奇跡。今となっては利害だけで結ばれた幼い日の約束に感謝している。
そして、今日。これから神の御前で彼は彼女と永遠の愛を誓う。
コンコン。扉が叩かれ、室内に一人の女が入ってきた。
「ヘンリー様、失礼いたします」
てっきり執事か誰かだと思っていたヘンリーはその女のいでたちの異様さに息を飲む。
晴れの日には全くふさわしくない黒一色のドレス。
「……君は誰だ?」
「わたしのこと、覚えていらっしゃいませんか?」
影を帯びた妖艶な微笑み。
ヘンリーの中で、記憶の片隅に残る少女の姿が蘇る。
「……メアリー?」
ブラウン家のメイド、メアリー。
幼い頃はアンとよく一緒に遊んでいた。
「覚えていて下さったのね?嬉しい」
先ほどからは一転、彼女は咲き誇る花のような笑みを浮かべる。
その姿はまるで、純粋無垢な恋する乙女。
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