置き去りにされた女

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     それから三日後の夕方。  デートの途中、急に雨が降ってきたので、麗子と陽介は近くの喫茶店へ。  麗子がアイスティーを、陽介がコーヒーを飲んでいたところで、陽介のスマホが鳴る。親友の健二からの電話だった。 「どうした? 何か急用か? 俺、今、麗子と一緒なんだけど……」  たいした話でないならば、陽介はすぐに切りそうな雰囲気だ。少しの間だけ待つつもりで、麗子は窓の外に視線を向ける。  空は分厚い雲に覆われており、しばらく雨は()みそうになかった。  彼女に聞こえるのは陽介の声だけで、健二が何を言っているのか、麗子にはわからない。それでも構わないと思っていたのだが……。 「ええっ、優子が!?」  陽介が大声を上げたので、麗子は驚いて彼に向き直る。他の客も彼に注目するほどの大声であり、麗子は少し恥ずかしいと感じたが、それどころではなかった。  陽介が真っ青な顔をしていたのだ。  それに、優子という名前にも聞き覚えがあった。 「陽くん、どうしたの?」 「ああ、うん」  陽介は声を(ひそ)めて、麗子にギリギリ聞こえる程度の小声で伝える。 「知り合いの女の子がさ、自殺したんだって。三日前の夜中に」  陽介は「知り合いの女の子」という言い方で誤魔化したけれど、麗子はきちんと知っていた。優子というのは、以前に陽介が付き合っていた、いわゆる元カノの一人だ。 「三日前の夜中? それって……」  驚きながら聞き返す麗子に対して、陽介は頷きながら答える。 「ああ、例の置き去り事件があった夜だ。死亡時刻も、ちょうど俺が謎の女性を乗せて帰った頃だったらしい」  陽介の「ちょうど俺が謎の女性を乗せて帰った頃」という言葉を聞いて、麗子はふと考えてしまう。  同じ頃、自分は陽介の文句を言いながら山道を歩いていたが……。自分よりも優子にこそ「陽くんのバカ! 絶対に許さない!」という気持ちが残っていて、だからわざわざ最期に霊として彼のところに現れたのかもしれない、と。 (「置き去りにされた女」完)    
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