揺れる思い(1)

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揺れる思い(1)

 ずっと部屋の隅で固まっている。凍りついた様に、身動き一つ取ろうとしない。 判断を誤ってしまったか。 荷が重かったのか。咄嗟の思いつきとはいえ、大胆な行動を取ったものだ。 どうしていいのかわからず、頭を掻いた。 「いいか、俺は君に何もするつもりはない。あのままあそこにいたら、君は生きていけないと思って此処へ連れてきた」 「出ていくか此処にいるかは自分で決めるんだ。鍵はかけない。部屋の中の物は自由に使っていい。何も強制はしない。わかるな? 」 返事をしたことは一度もない。たまに小刻みに震える位だ。 「さっき、言った通りだ。これから、俺は出掛ける。もう一度言う。鍵はかけない。出ていくか此処に居るかは自分で決めるんだ。部屋の物は自由に使っていい。どうするかは君の自由だ」 このやり取りも今日で何日目になるか……気が遠くなった。 俺は部屋を後にした。 帰ってくるとまた、同じ光景だった。 参ったな。 放っておくのもいいかもしれない。 俺はそこには何も居ないものとして、普段通り、シャワーを浴びに行った。 それからタバコに火をつけ、夜空を見上げた。 ウイスキーのボトルを手に取り、喉へ流し込む。 ごそごそと物音がする。 何も居ない。そこには何も居ない。心のなかでぶつぶつ独り言を言った。 失語症かもしれないな。 あれだけの光景を目にしたんだ。無理もない。だが、女子供が一人で生きていけるほど、甘くはない世の中だ。だから俺は連れてきた。連れてこられた本人からすれば、誘拐されたのと同じか…… また、ウイスキーを一口飲んだ。 今日も何も見えないな…… 奇妙な共同生活が続いてるだけだ。 部屋にベッドはあるが、俺は床で寝るようにしている。 寝る前に必ず話すのだが、内容を理解しているのかはわからない。 「いいか、ここにベッドがある。が、俺は床で寝る。君は女性だからベッドを使う権利があると思うからだ。だから、俺は床で寝る。使うかどうかは君次第だ。床で寝たかったら床で寝るといい」 ギシギシと唸る床に何日も寝続けるのは、苦痛ではなかった。が、気になって寝た気がしないのは予想以上に応える。 床に横になり背を向けたまま言った。 「あぁ、明日も俺は出掛ける。同じことを君にまた言うつもりだ」 やれやれと、思い瞳を閉じた。
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