揺れる思い(5)

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揺れる思い(5)

今度はベッドについて、一悶着あった。 琴夜(ことよ)は家主の俺が使うべきだと譲らなかった。 俺は他人と過ごす大変さを思い知った。 「だから、それは何度も言ってるだろ?」 「環境が変わって疲れているだろうし……」 何とも気の強い女だ。 その上口が達者だ。 頭の回転も早い。 全く手強い相手だった。 「これは一人用? 大きく見えるけど」 「二人用だ。窮屈なのは苦手でね」 「……そう」 琴夜は少し間を置いて言った。 「二人で寝るのに問題はないって事ね」 ……やめてくれ。思わず声に出しそうになった。 「……俺は床で寝る」 「それは自由、でしょ?」 「君の自由だ。俺の事ではない」 「ということは、私が選んでもいいという事よね?」 「それは、そうだ」 「……ふーん」 「俺は疲れた。もう寝るからな」 今日はこれで終わりにしたかった。 床に横になり、彼女に背を向けた。 酔いも回り、すぐにうつらうつらとしてきた。 背中を刺すなら刺せばいい。不意にも俺は眠りに落ちた。 俺は女を抱いていた。虜になるまで時間はかからなかった。 爪一枚、髪の毛一本、何もかも愛おしく思えた。ひたすら求めた。触れる度にもっと欲しくなる。欲にまみれ、きりがなかった。美しいクモの巣に囚われた虫の様に思えた。 女に全て吸い付くされるのも、時間の問題だ。そして、俺は消える。女の養分になるのだ。 はっと目が覚めた。 嫌味にも程がある、悪趣味な夢だった。 彼女を探すと、夜空を見上げていた。 両手で頬杖をつきながら、見上げる様は美しかった。長い睫毛が大きい瞳がとても魅力的だった。大きすぎる衣服からはみ出た手足は、細く白く艶やかで、すらりと長い。 俺に気づいた彼女は言った。 「ようやく起きた? 」 ふふっと笑い、俺に近づいてきた。 距離が縮まるのは意外と一瞬なんだなと、俺は寝ぼけた頭で思った。 差し出された手を、俺は取った。 初めて触れ合った瞬間だった。
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