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触れる想い(2)
「……何をしている」
握っていた拳に力を入れた。
「何をしているか聞いてるんだ」
俺は目を背けた。琴夜は何も発しない。
「……いい加減にしてくれないか」
「何を考えている? 俺はあいつらと同じだと言いたいのか? 」
怒りのあまり、俺は笑った。もしかしたら悲しかったのかもしれない。
「……違う……」
「じゃあ何だって言うんだ。もっと自分を大事にしたらどうだ」
「そもそも気軽にするものじゃないだろ? 俺はそう思うが」
怒りと疲れが、俺に我を失わせている。
何も言わず、俺は出ていこうと思ったが益々馬鹿馬鹿しくなり、やめた。
良くないな……そう思いながらも今度はウォッカのボトルを探した。
確かあった気がする……何でもいい、テキーラでもいい、酒ならそれで構わない。
飲むか飲まないか、どちらが懸命か。
俺は暫く悩んだ。
「すまない。酷いことを言ったな。悪かった、謝るよ」
俺は背を向けたまま続けた。
いつか、こういう風に話した事があったな……懐かしい日を思い出した。
俺は酷く不器用だ。
「ただ、そういう事は愛する者同士ですべきだと思うんだ」
琴夜は何も話さない。
今度は黙り込みか。大きく聞こえる様にため息をついた。
「風邪でも引かれたら困る。早く服を着るんだ」
酒瓶を眺めながら、俺はぶっきらぼうに放った。
沈黙が流れ、やるせなさにまたどっと疲れを感じた。此処で寝てもいい。どうにかして休みたい。
琴夜が近づいてくる足音が聞こえた。
ぴたりと音が止み、俺は琴夜を見た。
「何度言わせるんだ。いい加減にしてくれ」
「俺は少し休みたい。わかってくれないか」
琴夜は裸のまま俺の前に立ち、じっと俺の目を見つめていた。心まで見られている様でとても嫌だった。
「……いい加減な気持ちじゃない」
「じゃあ何だ? 」
とうとう頭にきた。
「もし、仮にここに、何人か男が居たとする。そうしたら、君はより良い奴を選ぶ。が、ここには俺しかいない。要はそういう事だろ? 」
琴夜は首を降った。
俺はため息混じりに、頼むから服を……と言いかけた時、琴夜は
「あなただからじゃない。あなたがいいの」
そう言った。
「それは気のせいだ。あと礼なら要らないと話した筈だ」
「……だから! 」
琴夜は引かなかった。俺も引く気はなかった。
二人の間に溝が出来ていく気がした。
「私は考えたわ。時間があったもの。初めて此処に来た日からずっと考えていた」
「初めは貴方のこと、変な人だと思ってた。私を売りもしなければ、殺しもしない。でも、何処となく遠ざけてた」
「私が出て行く事を望んでいたんじゃないの?でも、あなたは必ずここへ戻ってきた」
俺は答えたくなかった。
「そのうちね……貴方の事を考える様になった。いつも何処へ行くのか……何を考えてるのか。そうやってタバコを吸ってお酒を飲む。それもどうしてかな……とか……」
琴夜は続けた。
「いつか気がついたの。貴方の帰りを待ってる自分に」
「貴方の事ばかり考えてる自分に」
「自分でも、自分の事がよくわからない。この感情を何て呼ぶのかもわからない。でも、もう困らせたくないから、そうやって怒る姿を見たくないから……」
琴夜は涙を流していた。
「今日はこれで我慢する。誓うわ。だから、お願い」
琴夜は自分の前髪を上げ、額を出した。
「お願い。これで大人しくするから」
だからといってどうすればいい?
体に触れずに出来るのか?
仕方なく、琴夜の額に顔を近づけた。背の高さの違いもあり、彼女の体に腕を回すしかなかった。前髪を押さえる手を、上からそっと押さえた。静かに額へ口づけた。
離れようとしたその時、琴夜と目が合った。
その目を反らせなかった。
俺達は暫くの間見つめ合った。
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