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水
排水口に流れる水の音を聞いていた。シャワーが髪、顔、体を濡らし、閉じた瞼に水滴が溜まる。何もかも流れてしまえばいい。一粒残らず消えてしまえばいい。
大きなため息をついた。
壁に着いた手が、どす黒い血で汚れていた。一瞬で背筋が凍り、血の気がどんどん引いて行く。心臓が張り裂けんばかりに動き出す。焦点を失うまで目が見開いていく。恐怖が全ての神経を支配した。ホラー映画の主人公の様に俺は悲鳴を上げようとした。
はっと、瞼を開けた。ふと我に帰り、身体中の力が抜けた。もう一度大きなため息を着いた。
肩にかけたタオルで髪を拭きながらタバコに火をつけた。下着は履いたが上半身は濡れたままだ。
煙が流れる方角をただ見ていた。
ヨロヨロと歩き、何かを探していた。探していたんじゃない。求めていた。在るべき形を求めていた。
それを見つけた時、俺は自分の生を確認した。針金のカゴに入っている毛糸と針。
その隣には形を変えた探し物。
白から赤へと模様が変わっていた。よくよく見たらそれは白と赤の交互の色で作られていた。
俺はその場に倒れる様に膝まづいた。
何も声が出なかった。声にならなかった。
髪の毛から床へ雫がポタリポタリと落ちていく。
駆け寄った琴夜を思い切り抱きしめた。そっと背中を撫でる手を、この上なく愛おしく思った。
俺は微かに震えていた。もう一度強く抱きしめた。
何だろう? 伝えたい事があったんだ。
話したいこともあった。
一体何だったのだろう?
ただ、今はこれだけで良かった。充分過ぎる程、これで良かったんだ。
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