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voice
弾力があり、それでいて滑らかな肌に顔を埋め、艶のある茶色い髪を指にからませながら、俺は言葉を探していた。
吐息混じりの声が聞こえ、その艶めかしさに欲情する心は決して穏やかとは言えなかった。
「……なあ……」
起こしてしまうかと思い、出来る限り声を抑えた。
ギシッ。ベッドが軋む音がした。
「……起きてたの?」
少し気だるそうな声。
「……ごめん」
罰が悪くなり、髪の毛から指を離し、背中にそっと手を置いた。
「……謝らなくったって……」
背中から腰へ。腰から臀部。臀部から太腿へ手を這わせた。
「……ごめん」
「……変なの」
琴夜は少し笑い、それから息づかいを荒くした。
話がしたかったのに、欲望には勝てそうになかった。俺の手を琴夜は自分の手で押さえた。だが止めたくはなかった。張り詰めていた神経がぷちんと切れた。
何も考えたくなかった。
二人の汗と体液が混じり、独特の匂いを放つ。たまらなく好きな匂いだ。貪る様に求めた。いつも受け止めてくれる琴夜に何度も救われた。
一度果てた後、また思った。そう、話がしたかったんだ。忘れてしまわないうちに、話がしたい。何だっていい。今日の天気の話でもいい。言葉を交わしたい。
睡魔に襲われながらも
「……琴夜」
何とか声にした。
「話が、したい……」
「何の話し?」
「なんでもいい……」
話をしたいと言いながら、何でもいいだなんて、我ながらおかしな言動だった。
「誰かさんが、邪魔しなければね」
琴夜はふっと笑い、言った。
「邪魔してるつもりはない。酷いな」
「うん、ごめんね」
「いや、俺が悪いんだ」
ここで、お前の魅力に勝てなくて、じっとなんかしてられないんだ。とか上手い一言でも言えればいいが、まだまだ無理そうだ。
指を絡ませ、琴夜の手を握った。
「……昔話でもいい?」
「ああ、いいな」
この程度が精一杯だ。
体勢を変え、琴夜の首に口づけをした。
「昔々、一人の男がいました」
「……うん」
また違う場所に口づけをした。
「……男は一人の女に出会いました」
無音の部屋に、琴夜の声と、俺が口づけをする音が響いて聞こえる。
「うん」
「二人は共に惹かれ合い、いつしか恋に落ちました。けれど、男は恋が何かを知らなかったのです」
「……うん」
誰の事かはすぐわかった。
「何も知らない男はどうしたんだ?」
「手探りで、下手くそかもしれないけれど……」
「うん」
「男は愛し方を悩み、探りながら、女の事を……」
俺は琴夜の唇に、深く口づけをした。激しく優しく長く。お互いの暑い息が漏れた。
「……愛してる」
ふと口にした言葉に驚いた琴夜は、目を潤ませていた。
俺も自然に出た自分の言葉に驚きを隠せなかった。
「下手だし、手探りだけど」
「もっと、なんていうか……」
「……いいの、ごめんね」
鼻声になっていた。泣かせた。きっと昔話は冗談だったんだろうが、琴夜なりに罪悪感を感じさせてしまったようだ。
流れる涙を指先で拭った。綺麗だ。こんな時にそう思ってしまった俺も同罪だ。
「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだ。悪かった」
「……ううん、いいの」
「ごめん」
「……うん」
昔話がハッピーエンドで終わることを祈った。結末はどうであれ、出会えた事に意味がある。それで充分だ。男もきっと、琴夜の事なら、上手く愛することが出来るだろう。そうに違いない。
まだ小さく震える体を抱き締めた。
温かい体温が心地良かった。
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