19人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「お、た~まや~」
隣で聞こえた、陽気な声にはっとする。
見上げると夜空には、大輪の雫が飛び散っていた。
「どうしたの、ぼうっとして」
そう言って、ビールを飲みながら彼が私を覗き込んだ。
「ううん、ちょっと昔のこと思い出しちゃって」
「ふーん、もしかして元カレのこととか?」
「っ……」
「図星か~ちょと妬けちゃうな」
本当に妬いているのかもわからないくらい、楽しそうに彼が笑って再び夜空を見つめる。
「……元カレって言っても、高校生の時の話だよ」
「なんだ、もう十年以上も前の話じゃん」
「そ、だから時効でしょ」
「でも、そんなに時間が経っても思い出すなんて、やっぱり妬けちゃうな」
今年で二十八歳になる私は、この夏隣にいる彼と婚約をした。
彼は大学を卒業し、新卒入社で入った会社の同期だった。
リョウのことなんて、今更未練もないし、普段思い出すことなんてないけれど……。
「ま、なんとなくわかるよ。夏の夜って、感傷的になるよね。理由はわからないけど」
「うん……」
じめっとした空気、ぬるい風、どこかで聞こえる虫の声、湿気を含んだ土の匂い――
どこか懐かしくて、切なくて、つい淡く苦い記憶を思い出してしまうこの季節は、特別好きではないけれど、なぜか嫌いになれない。
隣で夜空を見つめる彼の肩にもたれかかる。
大きく息を吸うと、微かに火薬の匂いがした。
最初のコメントを投稿しよう!