遠い夏の匂い

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「お、た~まや~」  隣で聞こえた、陽気な声にはっとする。  見上げると夜空には、大輪の雫が飛び散っていた。 「どうしたの、ぼうっとして」  そう言って、ビールを飲みながら彼が私を覗き込んだ。 「ううん、ちょっと昔のこと思い出しちゃって」 「ふーん、もしかして元カレのこととか?」 「っ……」 「図星か~ちょと妬けちゃうな」  本当に妬いているのかもわからないくらい、楽しそうに彼が笑って再び夜空を見つめる。 「……元カレって言っても、高校生の時の話だよ」 「なんだ、もう十年以上も前の話じゃん」 「そ、だから時効でしょ」 「でも、そんなに時間が経っても思い出すなんて、やっぱり妬けちゃうな」  今年で二十八歳になる私は、この夏隣にいる彼と婚約をした。  彼は大学を卒業し、新卒入社で入った会社の同期だった。  リョウのことなんて、今更未練もないし、普段思い出すことなんてないけれど……。 「ま、なんとなくわかるよ。夏の夜って、感傷的になるよね。理由はわからないけど」 「うん……」  じめっとした空気、ぬるい風、どこかで聞こえる虫の声、湿気を含んだ土の匂い――  どこか懐かしくて、切なくて、つい淡く苦い記憶を思い出してしまうこの季節は、特別好きではないけれど、なぜか嫌いになれない。  隣で夜空を見つめる彼の肩にもたれかかる。  大きく息を吸うと、微かに火薬の匂いがした。  
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