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「真田さん、なんでこんな時間に、こんなところに……」
「探しに来てくれたの!?」
彼女は俺の言葉を遮って、俺の胸に飛びつく。
「……違う。探しに来たのは真田さんじゃなくて、屋上の鍵だ」
ため息混じりにそう言って真田を引き剥がすと、彼女は「なーんだ、まぁそうだよね」と少し寂しそうに呟いたような気がした。
「ん、何か言ったか?」
「なんでもないよ。……はい、勝手に持って行ってすみませんでしたー」
彼女は不貞腐れたような表情で制服のポケットをまさぐり、『屋上』と書かれた札の着いた鍵を差し出す。
「はい、明日は生徒指導な。さ、もう遅いからさっさと帰りなさい。きっと保護者の方も心配して……」
鍵を受け取りながらそんな小言を言う俺の声を、真田はいつもの態度からは想像もつかないような暗い声で遮った。
「あたしなんて、いなくなっても誰も何も思わない」
「そんなことはないんじゃ……」
「あるよ」
……地雷を踏んでしまったと思った。そういえば真田の家は母親がおらず、家庭が複雑らしいと聞いたことがある。
「あたしのママね、あたしの4歳の誕生日に死んじゃったんだ……今日が命日」
真田は屋上の柵に細い指を絡め、黄昏れるように遠くの景色を見ながら、静かに話し始めた。
「すごいんだよ。18であたしを産んで、高校辞めて結婚してさ、そのあと2人も弟を産んで……22歳で死んじゃった。買い物行くのにバイク乗ってて、トラックと衝突して……即死だったんだって」
「それは……なんというか、大変、だったな」
それ以上の言葉は出てこなかった。高校2年生の1人の少女に背負わされた、あまりにも重い過去。3人の子どもを、家庭を抱え、今の俺と同じ歳で死んだ母親。どちらも想像を絶する苦労があったのだろう。
「うん……それからはね、お父さんはお金はくれるけど女の人と遊び歩いてて、弟たちもそれ見て育ってるから不良みたいになっちゃって……みんなどこにいるかわからない。家に帰っても誰もいないの」
「…………」
何も言えない俺を見て、真田は少しだけ笑った。俺ではなく、自分を嘲笑うかのように。
「あたしはママのこと、かっこいいって思ってる。だから髪の色とか色々、真似してるの。けどそれも、先生たちからは怒られて、同級生にも引かれてるでしょ? だからあたしは、家でも学校でも1人。どこにいても、いなくても、誰も何も思わない」
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