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やってしまったと気づいたのは、次の日になってからだった。
「先生、あたしと結婚して」
珍しく時間通りに登校してきた真田は、校門前で見回りをさせられて……していた俺に開口一番そう言った。
「は、はぁ?」
「あたし、ママみたいになりたいの。そのためには来年、子どもを産まなきゃいけなくて……そろそろ相手を探さなきゃって思うの! うちの近くの歓楽街なら余裕で相手とか見つけられるけど、でもどうせなら好きな人とがいいなって! だからお願い! ……あ、最悪ママみたくデキ婚でもいいよ? 本当はその辺の順序は守りたかったんだけど、先生がそれでいいなら……」
……待て待てツッコミどころが多すぎる。
「待て待て真田さん」
「なーんでさん付けに戻ってるの!? 呼び捨てでいいって! うちら付き合ってんじゃん」
「……付き合ってない」
「えー、そうだったっけ? ま、いっか結婚しよ?」
「良くないし結婚しない」
……そう、真田はこの日から毎日のように結婚をせがんでくるようになったのだ。
完全に懐かれてしまった。
毎日毎日、朝も昼休みも放課後も、体育祭の日も文化祭の日も、職員会議の日まで……。
そんな日々が1年以上続き、ついに真田の卒業式。
何とか乗り切った……と、思っていた。
「先生、あたしと結婚して」
卒業式もホームルームも終わったあと、俺は強引に体育館裏に連れ込まれた。
「だから生徒と恋愛する気はないって……」
「残念、もう生徒じゃない!」
真田は得意げに単位ギリギリで何とか手に入れた卒業証書を俺の目の前に掲げる。
「……そうだな。卒業おめでとう、真田」
「ありがとう! じゃあ……!」
「結婚はしない」
「なんで!?」
「逆になんでいきなり結婚してって言ってOK貰えると思ってるんだよ」
「じゃあ……まず付き合う?」
「そういう問題じゃない」
「じゃあどうすればいいの? どうしたら先生は……あたしに振り向いてくれる?」
彼女は必死だった。目がそう訴えていた。
俺は少し考える。真田が俺を忘れるには、何年かかるだろうかと。
意外とあっさり、来年には忘れてくれるかも知れないし、やっぱり執念深く何年も覚えているのかも知れない……。
「じゃあ4年……真田が出会った時の俺と同じ歳、22歳になっても俺のことを覚えていてくれて、どこかで再会出来たら」
真田は卒業後、家の近くの歓楽街にあるお店で働くのだと言っていた。4年もあれば、男のことを嫌いになっているかも知れない。別の愛する誰かと、出会うかも知れない……そうなれば俺のことなんて忘れるはずだ。
「……わかった。約束だからね?」
少々不満げではあったが、真田はこくりと頷いた。
「あぁ、約束するよ」
それにこの約束には、もうひとつ意味がある。
「……お母さんを追いかけるなよ」
俺は22歳で真田を置いて逝ってしまった、彼女の母親を思った。
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