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「……キスくらいで固まっちゃって、先生未だに彼女なしだな?」
あの日より少し大人びた真田が、唇をそっと離すとからかうように笑ってベランダに出ていく。
「彼女か……もう数年いないけど、別に困ってないな。それに固まってたのは……昔のことを思い出してたんだ」
俺も彼女を追いかけた。
グラウンドでは運動部の生徒が、炎天下の下部活動に励んでいる。管楽器の音も聞こえていた。
「ふーん……何となくわかる気がするよ。あたしも大人になったってことかなぁ」
真田はポケットから煙草の箱とライターを取り出した。
「……真田」
「ん、なーに?」
「校内は禁煙だ」
「ちぇー」
咥えかけていた煙草を箱に戻したのを確認して、俺は彼女に問う。
「……なんで俺なんだ?」
「なんでって……先生が初めてだったから。あたしのことを肯定してくれた大人。すごくね、嬉しかったの……それだけで大好きになれるほど。4年経っても、忘れたりなんてできないくらいね」
「そうか……それにどうしてここが? 俺はあのあと2回転勤してて、ここは真田の母校でもないんだけど」
「そんなの新聞に出てるから簡単にわかるよ……何年何組の担任だーとかもお客さんに聞いてた。こーゆー系の人たち情報網、ナメない方がいいよ?」
「そういうものなのか……そういえばどうやってここに入ってきた?」
「あー……ここの校長、うちの店の太客」
「なるほど……」
「そういうことなので、残念ながら約束は果たされてしまいました。先生、もう諦めて、あたしと結婚して」
「全く……とんでもない問題児だよ……綺麗な思い出にしておけば良かったのに」
「お褒めに預かり光栄です」
俺は馬鹿みたいに笑う彼女を抱き寄せた。
風に煽られる長い髪からは、煙草と甘い香水の匂い。
俺は彼女に負けた。約束は約束だ。
今は全て忘れて、大人になった問題児の体温を全身で受け止める。
……ポケットの中に隠した、左手の薬指を縛るための今は噛みちぎられた鎖に、彼女が気づくことのないように。
[完]
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