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「せーんせ」
夏休み。蝉の声がうるさい。3年の担任ではないので進路相談もない。三者面談なら昨日で全員分が終わった。
俺のいるこの教室に、今日は誰もいない。
……はずだった。
何となく聞き覚えのある声に視線を向けると、学校という場所にはあまりにも似合わない派手な女が、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべて開けっ放しの引き戸に寄りかかっていた。
「……真田?」
「正解」
その女には見覚えがあった。新卒で2年3組の副担任をやっていた時に出会った生徒。真田 美羽。
真田は更にニカッと口角を上げると、首や耳や腰に着いた鎖のような飾りをジャラジャラと鳴らしながら近づいてくる。
「ね、先生? あたしね、やっと22になったよ……出会った時の先生に、やっと追いついた」
何度注意しても暗くなることのなかった髪の色や、どれだけ言っても直らない口の利き方はそのままなのに、やけに大人になってしまったように感じたのは、少し濃くなったメイクのせいか、服が制服ではないせいなのか……それともほのかに纏わせた煙草の匂いのせいだろうか?
とにかく今の真田は、あの頃とは違っていて、卒業から4年という月日を確かに感じさせた。
「……大人に、なったな」
「うん……だからあの日の約束、果たしに来たよ」
約束……彼女のその言葉を聞いて、埃を被っていた4年前の記憶が、ほのかに蘇る。
そうだ、俺はあの日……。
「まさかお前、本気で……」
「当たり前でしょ。ねぇ、嶋永先生、大人になったあたしと……結婚して」
真田はそう言って妖しげに笑うと、あの日の記憶を口移しするように、俺の唇を奪った。
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