最後の夏祭り

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 ふと私の耳に、草叢を掻き分けてくる摩擦音が届きました。その人は川原の畔にいる私に気付いたようで、途中で駆け寄ってきました。抱き締められた私は彼の背中に腕を回し、頻りに愛おしいその名前を呼びました。 「……ああ尊さん、尊さん」  こんなに躰を火照てらせて、私のような人間のために跡を追ってきたのでしょう。尊さんは私を抱いたまま何も言わず、不意に唇を合わせてきました。初めてのことでしたから、私は戸惑いつつも尊さんの温もりを受け入れました。顔が見えずとも、彼の優しさが伝わってきます。尊さんは私を解放すると、呼吸を整えてから言葉を発しました。 「……撫子さん、貴女はまだ知らないかもしれないが、僕の父と貴女の母は、……近いうちに結婚するんだ。妹の桜子ちゃんは、とっくに知っていることだ」  私は耳を疑いました。そんな話を一度として母の口から聞いたことがなかったからです。父亡き後、私の自宅に尊さんの父が時おり訪問してきたのは、ただ母を励ますだけでなく、つまりもっと深い意味があったからなのだと今更ながら理解しました。 「嘘、嘘よ。じゃあ、私と尊さんは……」 「……そうだね。いずれ兄妹になる」  私は首を振りました。恋心を持つ人と家族になるとは、あまりにも残酷なことでした。母にも妹にも知らされなかったということは、結局私の存在は再婚話の邪魔になるしこりでしかなかったのでしょう。脱力する私に、尊さんは語りかけます。 「勘違いしないで欲しいことが、ひとつあるんだ。桜子ちゃんはね、僕が……君を好きだということに気付いていたんだ。今日だって撫子さんにきつく接していたけど、僕との仲をこれ以上縮めさせないためでもあるんだ。でも、僕は……」  意外でした。尊さんと家族になるにあたって、桜子が少しでも私たちが正常な関係になるよう、間に入って調整していたのです。ですが、既に歯止めのきかないところまで来てしまっていました。それは尊さんも同じです。  浴衣の帯を徐々に解かれた私は、草叢に倒れるように横になりました。間を置かずに覆い被さってきた尊さんの手が、半襦袢の下に潜りこんできます。私はじっとして動かず、尊さんに囁きました。 「尊さん、人生で私を最後に愛してくれれば、私はそれで充分」 「だからって赦されない。……でも止められないんだ」 「続けて。……だって、まだ兄妹じゃないわ」  尊さんは私の髪を優しく撫でると、私の浴衣を静かにはだけました。  
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