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「さあお姉ちゃん、もういいでしょう? 尊さんに迷惑だわ」
先頭にいたはずの桜子がすぐ側におり、巾着を提げているほうの手首を掴んできます。私は仕方なく尊さんに握られていた手をわざと払うような仕草をしました。温もりが、名残惜しくも離れてゆきます。
桜子は私を連れ、さほど歩かない場所で立ち止まったかと思うと、肩を押して椅子に座らせました。恐らく、鳥居の入口付近に設けられた縁台でしょう。傍らでうちわを扇いでいる人がいるのか、私の頬にまで風が吹きつけてきます。それにのって、屋台の香辛料や焦げの匂いが漂うのでした。
「町内の人たちですごく混んでるから、ここにいたほうが安心よ。私は尊さんと行動するけど、悪く思わないでね。私だって普通に楽しみたいのよ。でも、何か欲しいものがあるなら買ってきてあげるわ」
桜子は私の意見など聞かず、母から貰った紙幣を巾着から抜き取り、去っていきました。妹はきっと、尊さんと二人きりになりたかったのでしょう。世話のかかる私が足手まといだったに違いありません。
独りになった私は、急に周りのざわめきが虚しいものに感じてしまいました。
私だって普通に楽しみたいのよ。
桜子の言葉が頭を巡ります。私は初めて着る浴衣や、夜の外出を許可されたことに浮かれ、妹の気持ちを蔑ろにしていました。自分だけが楽しめない立場であるのだと、思いこんでいたのです。
私を連れて歩くことは、桜子にとって負担でしかなかったのでしょう。口に出さずとも、きっと今までも――。
私は涙が堪えきれなくなり、打ち上がった花火を背にして駆け出しました。途中、何度も人様の肩にぶつかりながら、必死に会場から逃げました。人声も、祭囃子も、屋台の匂いも、あっという間に私から遠ざかっていきます。
闇雲に走り、ついに草叢に足をとられて転んでしまいました。さらに傾斜になっていたために私の躰は回転し、川原の浅瀬に半身が潜ってしまいました。夏とはいえ、川の温度は氷水に浸っているように冷たく、痛みで動けない私を次第に震わせてきました。
ですが、助けてくれる人はおりません。私は自力で上体を起こして草叢に這い出ると、その場で声を思いきり出して泣きました。自分の存在を忌々しく感じ、太股を力いっぱい拳で叩きます。ですが、そのうち母から譲り受けた浴衣が不憫になって、やむなく行為を中断しました。
花火が頭上でドン、ドンと壮大に響き渡ります。それに伴い、人々の歓声が遠くから波のように押し寄せてくるのでした。私は、もしかしたら自分が死んでしまったのではないかと思いました。本来なら神社の境内にいて、周りの町人と花火を楽しんでいたはずなのに。
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