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「え。またウナギを予約したの?」
思わず、語調がきつくなってしまった。
匡久は、引き攣った顔をごまかすように、表情筋を意図的にゆるめる。
匡久の言い方がきつかったせいか、母・美沙緒も不機嫌な顔だ。
美沙緒は、スーパーのウナギ予約票をテーブルに置いて言う。
「だって、巧が食べたいって言うから」
「買い物に、巧なんか連れて行くから、余計なものを買うんだよ」
「でも、重い荷物を持ってくれるのよ」
「ウナギなんて、こないだ食べたばっかりじゃないか。土用の丑の日だとか言って」
諭すように匡久が言うと、黙ってしまった母の代わりに、噂の当人である中学生の次男・巧が、ふふんと鼻を鳴らして、勝ち誇ったように言った。
「今年は、土用の丑の日は二回あるんですー! 二の丑って言うの。お父さん、何にも知らないんだから」
「君はなんでそんなこと知ってるんだよ」
「そのチラシに書いてありました。夏の土用は立秋前の十八日間なので、その間に、十二支の丑の日が二回めぐってくる年と、一回しかない年があるんです」
「広告に躍らされてるだけじゃないか」
すると巧は、頭上に腕を伸ばして掌を合わせ、体と腕をくねらせて、謎の踊りを始めた。
「何だよ、それは。ウナギの真似か?」と匡久。
「ウナギを食べる喜びを、全身で表現してみました」
「いいね、君は。表現力が豊かで」
「でしょ?」
「……いいけどさ。そんなにウナギが好きなの」
「大好き」
「夏のウナギなんて、旬でも何でもないんだぞ」
「え。そうなの?」
ウナギの舞がぴたりと止まる。
誰かとも、いつかこんな会話をしたなあ――そう思ってから、そうだ、まりえだ、と、匡久は亡き妻との会話を思い出した。
「そういえば、君のお母さんもウナギが好きだと言ってた」
「本当?」
巧は嬉しそうに身を乗り出した。
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