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「やべーぞ、おまえ。バアちゃんとの約束を思い出す前に、お棺に入れられて一緒に燃やされちまうぞ」
「なんと、それはこまる。ワシはサヨ殿との約束を思い出さないと、あの世に行っても、サヨ殿に顔向けできぬ。それこそ、成仏せずに、おぬしに憑りつくしかないかのぉ」
彼女が祖母の部屋に戻って、母親の話をヌイグルミに伝えると、ヌイグルミは、もふもふな腕を組みながら、困ったように彼女の回りをウロウロしながら呟いた。
「ばかいってんじゃないぞ、テメー。オレがびびりだって何で知ってんだよ。お前に憑りつかれたら、夜中に便所にいけねーじゃねーか」
これはちょつとやべーな。早くなんとかしないと、クマのヌイグルミに憑りつかれしまうなんて、シャレになんねーぞ。
くそー、もう一回オフクロに聞いて来るか。
* * *
「そーねー、そーいえば、日記つけてたわね、おばあちゃん」
「それだ、それ! オフクロあんがとよ。ちょっとババアの部屋で日記見て来るからよ、邪魔すんなよ」」
彼女は、祖母の部屋に戻ると、古ぼけた本棚の中から日記を探し出してちゃぶ台の上に並べた。祖母はずいぶん前から日記を付けていたようで数冊では終わらなかった。
やべーな。これ全部今日中に見てババアとヌイグルミの約束の内容を探さなきゃいけねーのか。くっそー、貫徹じゃねえのか。
彼女が日記を前にして文句を言っていると、その横でヌイグルミがもふもふの腕を彼女の肩にかけながら声をかけた。
「おぬし、そこまで無理せんでも良いぞ。わすれたワシが悪いのじゃ。安心せい、おぬしに憑いたりはせんよ。さっきのは冗談じゃよ」
「うるせー、そんなんじゃねえんだよ。これはもう、オレの意地なんだ。ババアが残した約束も探せねえんじゃ、オレの女が廃るってもんだ。任せとけ、クマ。根性いれて見つけ出してやっからよ」
* * *
「ぷっはー、キツイゼ。ババア、あんなに細かく日記付けやがった。読む身にもなれってもんだ」
「あら、まだ探してたの?」
夜中も大分更けたころ、彼女は気晴らしに祖母の家の台所で冷蔵庫から麦茶を取り出して飲んでいると、遺体が安置されている居間から母親も一息つきにやって来ていた。
母親は、外泊ばかりしていて殆ど会話していなかった娘と通夜の時とはいえ、久しぶりに会話するのが楽しそうだった。
「貴女も小さい頃はよくこの家に来て遊んでたのにね。そう言えば、ヌイグルミが欲しいっておばあちゃまを困らせてたこともあったしね。あ、そうだわ。その時に、おばあちゃまと約束してたって言ってたけど、それ覚えてる?」
「へ? なんだよ、それ。そんな小さい時のことなんか記憶にねえぜ……。まてよ、オフクロ。それっていつだったか覚えてるかい?」
母親は台所の古ぼけた椅子に腰かけてから、テーブルに両手を組んで遠くを見つめるようにしながら、懐かしそうにつぶやいた。
彼女はそれを聞くと、何かを感じるように母親に質問した。
「たしか、貴女の10歳の誕生日だったかしらね。誕生日プレゼントとしておばあちゃまのクマのヌイグルミ頂戴! なんてわがまま言ってたから」
「それだ、きっとそれだ。ババアのやつ、きっとその件で、クマのヌイグルミに何か約束したんだ。きっとそうだ」
彼女は大急ぎでヌイグルミのいる部屋に戻ると、その日の日記を探し出した。そこには、ただ一行が記載されているだけだった。
『私も、娘も、孫も、いつまでも仲良くいられるように。クマさんに頼みました……』
* * *
火葬場の煙突からは、ゆっくりと煙が上がっていた。
彼女は、火葬場のテラスから喪服代わりの襟を正したセーラー服を着てそれを見上げていた。
「結局、まあ、なるようになったんかな。ばあちゃんとクマの願いは多少はかなったんだろうしな」
彼女がそうやって話しかけても、クマのヌイグルミはもう喋らなかった。しかし、にこりとほほ笑んだような気がした。
(了)
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