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第一章
幼い頃からの幼馴染は少しずつ姿を変えて行ってナツキは女の子みたいな名前なのに、少しずつ背が伸びて、ずっとずっと男の子になって行くのに僕はずっと変わらなくって、ユキはずっとずっと可愛い女の子になったと言うのに、僕は変わらなくって、それでも、それが普通だと思った十五年間と少し、鏡を見ても僕はやっぱり僕のままだった。何も変わらなくって、何も変わって居なくって、何も変わらないまま、僕はこの地獄を歩いて行く……。
僕たちは十五歳になる頃に性別が決まる。
十五歳までは僕達に性別はなく、どちらも性別でも良いように僕たちはどっち着かずの名前を授かるのだが、それでも、ナツキの名前は何処か女の子寄りで、ユキも女の子寄りだった。だから、親は女の子を望んで居たのかも知れないけど、このヒバリと言う名前も、もしかしたら僕の両親も女の子を望んで居たのかも知れない。
僕達に生まれ持った性別はない。
昔は性別があったらしいが度重なる災害と感染症で人はいつしか持って生まれるべき性別を母親の胎内か、もしくは千年前の地球に置き忘れて来てしまったらしい。
突然生まれた性別無き赤子から、その後世界は少しずつ性別を淘汰していった。正確には生まれて持つべき性別だけを淘汰された世界が広がった。それが、神様のイタズラなのか、あるいは気まぐれなのか、もしくは神様すら予期していない事象なのかは僕達では知る術はないが、それでも確実なのはこの世界に性別が存在しないという事。それでも、十五歳までには男か女かが決まるので、あまり取り立てて騒ぐ問題でもなく、人はこれを受け入れた。
でも、僕はずっと男にも女にもなれない中途半端な性別だった。
男のアソコもなく、女の子としての胸もなく、僕はずっとこの世界にひとりきりだった。
それでも、幼馴染は僕と変わらず付き合ってくれるので、僕はそれが幸せだった、出来れば、この幸せがずっと続いて欲しいと願うのだけど、残念だけど、世界はそんなに甘くはなかった。
ふたりは変わって行く。
ナツキは夏樹になっていき、身長も伸びて男らしくなっていく。
ユキは雪穂って名前に変わって、女の子らしく胸が大きくなっていって、少し可愛くなった。
カッコ良くなった幼馴染と可愛くなった幼馴染。
でも僕はずっと性別がないんだ。
顔立ち中性的なままだし、身体の線は細くとも、そのまま真っ直ぐになっていると言う感じだし、身長は伸びないし、色素はアルビノのように薄く白い肌だった。
でも眼は赤くはないし、黒いし、髪も黒く、腕は細い。
それが僕の身体的容姿だ。
アルビノじゃないのに、よくアルビノだと思われる。
アルビノとは色素が薄いと言うよりも、ほぼない人の事で、髪は金髪で白い肌をしていて、目が赤い人の事をアルビノだって言う。
黒人でも白人のように肌が白くって、逆にメラニノは色素が濃い人の事を言う。
▽
「最近学校はどうなの?」
僕の主治医、中村先生はいつものようにそう訊ねる。
彼は四十代の医師だ。ずっとずっと僕の身体を担当していて、僕の健康を管理している。
とは言っても僕は不健康じゃない。至って普通だし、体育の授業にも出れるし、入っていないけど部活も出来る。それでも、彼が僕の健康を管理するのは、僕がずっと、そう早い子では十歳の頃から性別が出来てるのに僕には一向にその傾向が見られないから、心配した両親が僕を医者に連れて行ったのが、彼との付き合いの始まりだ。
「普通ですよ」
「そうやって、今の子達は秘密にするんだから、僕は悲しいよ」
全然悲しんでいる様子はなかった。
「僕に泣き落としは効きませんよ。てか本当に普通なんです。何も変わらないから、何かを話す事もないですし、そんな事を聞いても面白くないでしょ?」
「そうかな? 僕はもう高校生じゃないから、高校生の話しを聞くのは結構楽しみではあるよ」
そこで中村先生は少し間を置いて僕を見た。
「それこそ、好きな子は出来たの? それとも好きな男の子かい?」
中村先生は言う。
僕は何故か夏樹と雪穂の顔が浮かんだ。
何故か胸が痛んだ。
▽
「おい、ヒバリ!」
夏樹が僕を呼ぶ。
彼は怒ったように僕を見ていた。「なに?」と僕は応えると夏樹は呆れたように溜息を吐いた。
「なにじゃねぇよ! 遅刻するぞ! なにボーとしているんだよ」
「ごめん」
僕はそう言うと夏樹は僕の頭を撫でた。同級生なのに僕を子ども扱いする。彼の方が背が高いからだ。
「ヒバリは朝が弱いからよ。夏樹と違ってね」
そう言うのは雪穂だ。少し化粧をしている。ふたりは何となく付き合っているのかなと思うくらいに仲が良い。
それを良いなぁとはお思うけど、やっぱり僕は恋愛と言うものがよく分からなかった。
「てめぇ、雪穂。それは俺が短気だって事か?」
「あら、そんな事言ってないでしょ?」
「暗にそう聞こえたんだがな?」
「あら、そう? あ、それより、ヒバリ! 今度商店街においしいパン屋さんが出来たの! 放課後行きましょう!」
「おい、てめぇ、ヒバリに抱き着くな!」
「あら、ヒバリはあなたのものじゃないでしょ?」
「雪穂のものでもないだろ?」
「私のモノよ!」
そうなの?
「おい!」
そう言って夏樹は僕の腕を引っ張る。
「俺のだ!」
「いいえ、私のよ!」
「ちょっと、ふたりとも!」
幼馴染ふたりの間で僕はまるで運動会の綱引きのように両サイドから引っ張られていた。
△
「もう、ふたりともやめてよ!」
そう言って僕はパジャマのままベッドから起きた。
まだ少し冷たい朝の薄い光がカーテン越しに差し込んで居て、部屋は少し寒い。
まるで、冬の冷たい水を押し当てたかのような気温に僕はもう一度布団に入ろうかと思いながら、頭を抱えた。
「……僕はどんだけ承認欲求の塊なんだ」
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