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最初は雑貨だけだったが、古着とかアンティーク家具などを扱うようになると、オンラインショップだけでは対応出来なくなり、店舗を持つ事になった。爆発的とも言える盛況ぶりだったから、資金面での問題は無かった。店舗を構え、取り扱う商品が急速に増え、事業はどんどん拡大していった。事業が拡大にするにつれて美夏の仕事も増えていく。月日は凄まじいスピードで流れ、二人だけで過ごす時間は日に日に減り、何でも言いあえた二人の関係が変わっていった。
貴志は複雑な思いを抱えていた。月額八万円のアパート暮らしから始まった結婚生活が、気付いたら都心のタワーマンションへ引っ越していた。週末になると近所のスーパーの折り込みチラシを見て、特売品を狙って二人で買物に行った日々が遠くに霞む。
贅沢な生活が出来るのは有難い。だけど裕福と幸福は別物だ。貴志はそんな事を思うようになった。
ごくごく平凡な結婚当初の生活と、セレブになった今の生活、幸せなのはどっちだろう。貴志は事ある毎に考える。
贅沢な暮らしが出来るのは美夏のお陰だ。美夏の収入に比べたら平凡なサラリーマンである自分の給与なんて微々たる物だ。
貴志は負い目を感じていた。虚しさを感じて働く意味を見失う事もあった。いくら頑張って成果を上げたところで、美夏の収入と比べたら桁が違う。仕事なんか辞めて専業主夫になった方が良いのではと、真剣に考えた事もあった。
だけどそんな事を言ったら、きっと美香は気を使う。一生懸命頑張って仕事に邁進している美夏に水を差したくない。そんな事を考えると思っている事を口に出すのが憚られた。
美夏は事業の成功を鼻にかけたりはしない。上手くいっているのは貴志のお陰、いつもそう言ってくれる。だけどそう言われれば言われるほど、素の自分を出せなくなる。美夏にとって良い夫であるにはどうすべきか、貴志は考えるようになった。
結婚してからこれまで美夏のやる事は全てうまく行っている。それならば自分の気持ちに蓋をして、美夏にとって都合の良い人を演じていくのが一番良いのではないか。そう思うのは自然の流れだった。
裕福な生活なんか出来なくても良い。毎日顔を合わせて、お互いをからかいあって好きな事を言って笑い合える。貴志にとってはそれが理想なのだけれど、理想から遠ざかって行く現実がある。だけどどんなに理想から離れても貴志は美夏が好きだった。
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