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成田空港から帰った貴志は、生活感の無い部屋の中をぼんやりと見つめた。4LDK、140平米のマンションは二人で暮らすには広すぎる。
結婚当初は部屋が狭かったから、お互いがどこにいるのかなんて探さなくても分かった。だけど今はどこの部屋に居るのか、そもそも家に居るのかどうかさえ分からない時がある。
貴志は、行ってらっしゃい、と送り出される事はあっても、お帰りなさい、と迎えられる事は無い。先に帰宅するのはいつも貴志だ。
貴志は自分の食事を自分で作る。家で殆ど食事をしない美夏の分も一応作っておく。お腹を空かせて帰ってきた時のためだ。だけどそんな事は月に数回だけで、作った料理は大抵無駄になる。無駄になった料理を捨てるのは忍びないから、美夏に気付かれないように弁当箱に収めて翌日会社へ持って行く。
良き夫である事を演じ続けていたら、虚しさとか切なさには慣れてきた。近くにいる筈なのに遠くに感じる。それはあるが、それでも美夏の事を愛している。僅かな時間でも触れ合う事が出来れば、儚いけれど、それなりに幸せだった。だけどそんな時間すら、もうやって来ない。
それは三ヶ月前に遡る。
会社の定期健診で異常が見つかった貴志は、産業医から精密検査を薦められて大学病院を訪れた。
これと言った不調など無かった。だからすぐに解放されると高を括っていた。何種類かの面倒な検査を受け、その度に嫌気が差す自分に気付き、早く自由になりたいと、ひたすら願っていた。
病気なんかである筈が無い。食欲はあるし、お酒だって飲める。歳のせいか脂っこいものを受け付けなくなったり、ストレスで胃が痛くなる事はあったが異常という程の事ではなかった。こんな検査、時間の無駄だ。そう思っていた。
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