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美夏がハワイへ出発してから一週間が過ぎた。余命宣告をされてから答えを導き出せないまま月日だけが流れていった。
幸いなのかどうかは分からないが、貴志の体調にこれと言った変化は無い。でも美夏が出発した二日後に受けた検査で、ガンが進行している事は確認された。
いつ症状が現れてもおかしくは無い。一度、症状が現れれば急坂を転げ落ちるように悪化していく。診断が正しければ、美夏が帰国する頃に最期の時を迎える事だろう。
悩みに悩んだ挙句、貴志が出した結論は美夏の前から消える、と言う事だった。美夏にとって俺はもう必要ない。どこかへ消えてしまえば、一時は気を煩わす事になるかもしれないが、離婚届に記入して別れの手紙を残して家を出れば、心の傷はいずれ時が癒してくれるだろう。忙しい日々が一緒に暮らしていた平凡な男の存在を消し去ってくれるに違いない。
美夏を傷つけたくない。最後まで良き夫、良きパートナーであり続けたい。貴志の心を占めているのは、そんな思いだけだった。
リビングには大きなクリスマスツリーが置かれている。出発前夜に美夏が慌しく飾り付けをした豪華なツリーだ。
結婚した頃、二人で飾り付けをしたツリーは、美夏がネットで取り寄せた外国製の安物だった。
オーメントを探しに二人で雑貨屋巡りをした。二人でじゃれ合いながら飾りつけをした。適当に飾ると、美夏が駄目出しをして、何度も付け直された。笑いながら、あーだこーだ言い合って、その時は気付かなかったが、今思えば幸せな時間だったと思う。
美夏と過ごした楽しい思い出を振り返っていると、今置かれている沈鬱な気分からひととき解放される。絶望的な状態から心を解放するには、美夏の前で平静を装って良い夫を演じる事と、思い出を振り返る事、これくらいしかない。素の自分に戻ってしまうと不安と恐怖に覆い尽くされてしまう。
これからどうしたら良いのだろう? そんな事を考えると、みぞおちの下が激しく痛み、呼吸をするのも苦しくなる。
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