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指先に残った先輩の唇の感触が忘れられなくて、何度も寝返りをうつ。
「……ああ、もう!」
もやもやした感情を沈めたくて、部屋を出るとキッチンに向かった。
冷蔵庫から水を出し一気に飲み干す。
渇いた喉が潤され、少し落ち着いた感情。
「……まだ……起きてたのか?」
不意に声をかけられ振り向くと、久しぶりに顔を合わせた兄貴がいた。
「……兄貴こそ…」
「俺は今、帰ってきたんだ」
少しお酒の匂いをさせながら、隣に立ち同じように水を飲む。
「……そういえばお前。スタメン入りしたんだって?」
「……何で知ってるの?」
「和に聞いた、あいつ自分の事のように喜んでたぞ」
「………」
そうだった。和先輩、兄貴と仲がいいって、葵先輩が言ってた。
思わず出る小さな溜め息。
「……なんだよその溜め息。まさかプレッシャーとか?」
「……それもあるけど」
「……ん?」
「........兄さんさぁ......誰かの香りが気になってしょうがないことって、ある?」
「..........香り?」
「.........うん」
「.....気になるって.....どんな風に?」
「......どんな風って.....その香りが好きで.......」
「.......それで?」
「......そ....それでって?」
「......その人の香りが好きで、何か困るのか?」
「....いや.....思わす抱き締めたくなるって言うか....」
片方の眉をくいっと上げた兄さんが、じっとこっちを見る。
「.......そりゃあ......好きな人の香りは理性を壊すからな」
「...........」
「.......本能が、その人を求め始めたってことだろう?」
........本能?
「……適当に遊んでると思ってたお前にも、そんな人がねぇ。まあ頑張れ……」
兄さんは口角を上げて薄く笑った後、キッチンを出て行ってしまった。
.......本能で和先輩を.....
そう本当は.......兄さんに聞かなくても薄々分かってた。
俺は 和先輩が好きなんだ......
......だから先輩の香りに惹かれて......その香りに抗えなくなってる
たぶん……出会った時から惹かれてた。でも、先輩は男で俺も男で、だから気持ちの奥底に無理やりしまいこんでたんだ。
それがもう、限界を超えて香りとなって現れたんだ。
「はぁ……だからって、どうすることも出来ないだろう」
虚しく呟いた一言が、水と一緒にシンクの中に流れていった。
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