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卒業式当日。
式が終わった俺は、なぜか下級生の女の子達にもみくちゃにされていた。
連絡先を交換してくれとか、手紙とかプレゼントとか花束とか………
「ごめん、急いでるから!」
一緒に教室から出てきた諒弥に「悪い」と言って彼女達を押し付け、走って校門を抜ける。
今日の俺はそれどころじゃない
今までで一番速いんじゃないかと思うほど速く家に帰ると、着るのも最後になる制服を脱ぎ捨てて、用意してあった鞄を持って部屋を出た。
「卒業式どうだった?」という母さんに、部活の後輩にもらった花束を渡して「今までありがとう、行ってきます」それだけ言うと家を飛び出した。
駅まではそんなに遠くないけど、部活を引退して鈍った身体が恨めしい。
早く……少しでも早く和に逢いたい
いつもの待ち合わせ場所。お気に入りのコート。時計を見ていた和がこっちを向いた。
「はぁ、はぁ…………はぁ…お待たせ」
「待ってないよ、そんなに慌てて来なくても」
笑いながら、和が俺の乱れた髪に触れる。
「一秒も惜しくて……」
その言葉に少し照れてはにかむ顔が、最高に可愛い。
「行こうか」
頷くと、先に歩き出した和の鞄に揺れるキーホルダー。あれから一年。
あの日の告白からいろいろあったけど、もう一度二人であの海に行けることが素直に嬉しい。
電車の窓から見える景色も、もうすっかり懐かしい景色になっていた。
「俺達、いつもシーズンオフに来てるな」
駅から海への道で、和が笑いながら言う。
「でも、こういう季節だからくっつけるよ」
そう返事をして、歩く和にぴたりと身体を寄せた。
「……そうだけど」
照れたのか、身体をドンとぶつけて歩き出す。
卒業式が終わってから来た海は、もうすぐ日が暮れようとしていた。
町の中をオレンジ色に染めながら、ゆっくり家に帰るように降りる太陽。
俺達は海まで来ると、吸い込まれるように砂浜に降りた。流れ着いたであろう大きな流木に二人で並んで座る。
「………綺麗だな」
「…うん」
水平線に太陽が沈んで行く様子を見ながら、和の手に触れた。
直ぐに握り返される手。
「卒業おめでとう」
「ありがとう…」
「……あのさ」
優しく手をといた和が、鞄から何かを取り出した。
四角くて小さなリボンの付いた箱。
「これ、卒業プレゼント」
「えっ、俺に?」
「他に誰にあげるんだよ…」
笑いながらその箱を俺に手渡す。
「ありがとうございます……嬉しい。開けてもいい?」
「……どうぞ」
開けた箱の中から出てきたのは、黒い腕時計。
「………どうかな?」
嬉しくて言葉に詰まっていると、不安気に和が顔を覗き込む。
「嬉しいに決まってる!ああ、もう早く旅館に行こう!抱き締めたいし、キスしたい、でも、ここじゃ出来ない!」
和の肩に両手を置いて訴えると、大笑いされた。
立ち上がった和が、俺の手を引く。
「じゃあ、早く行こ!」
俺達は、夕日が最後まで沈むのも待てずに歩きだした。
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