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86 最終回
「……うわぁ…美味しそう」
部屋のテーブルに並べられた夕食に、和が声をあげる。
「…………」
「ほら、食べようよ……いただきます」
両手を合わせ、食べ始める様子をチラリと見上げる。
「ほら、箸持って………ぁ…痛っ」
俺に箸を渡そうと手を伸ばした瞬間、顔が歪む。
「大丈夫?!」
咄嗟に駆け寄り、背中から腰の辺りを擦る。
「……フフ……大丈夫だよ」
その柔らかい返事に、和を後ろから抱き締めた。
「………まだ…落ち込んでんの?」
「………だって……あんなすぐ……」
和の髪に顔を埋めて香りをかぐ。この香りをかぐと安心する。
「………俺は嬉しかったけどな」
「…………」
「……俺で感じてくれたってことだろう……」
「感じたなんてもんじゃ……」
本当にそうなんだ………
正直、俺は初めてのセックスじゃない。それなりの経験がある。
それでも………気持ちが想いが溢れる行為は、こんなに感じてしまうことを初めて知った。
和の嬉し涙が、頬を伝った瞬間。満足感で心が満たされて………あっという間に果てた。それが情けなくて………
「………それに……これからいくらでも……」
恥ずかしさを誤魔化すように、和がご飯を口に頬張りながら話す。その体温が上がるのが分かった。つられて俺の身体の中心が熱くなる。
「………そうだよね……夜はまだこれからだし……」
「……えっ?……今日?俺が言ったのはそういう意味じゃなくて……」
「よし!食べよう!和もしっかり食べて!」
和の頬にキスをすると、自分の座布団に戻って箸を持った。
ご飯を掻き込むと、吹き出すように和が笑い出す。
この笑顔は、これからずっと俺のもの。
その後、二人で全ての料理を綺麗に食べ終えた。前回は熱を出して食べられなかった和は満足そうだ。食器を片付けて、布団を敷いてくれた旅館の人に、嬉しそうにお礼を言ってる。
「さぁ、大浴場に行って風呂に入ろうかな」
そう言ってゆっくり立ち上がった和。
「えっ?絶対だめだよ、今日は卒業旅行の団体が数組いるって言われたよね?」
「………だから?」
「いやいや、和の裸を他の男に見せられるわけないでしょ!」
「…………あのさ、俺の裸に興味のあるやつなんて居ないから!」
和が呆れた顔で言う。
「そんな風に思ってるのは和だけだから、兄貴だって……」
「………何で真冬先輩が出てくるんだよ」
…………しまった
「いや、それは……ああもう!何がなんでも駄目なものは駄目!部屋の風呂で我慢しよう、俺も一緒に入るから!」
よく分からない言い訳に、和が益々呆れた顔をした。
「お風呂は一人で入るから…」
仕方なさそうに、部屋の風呂に向かう和の手を引いて抱き締める。
「ごめん、でも本当に和を誰にも見せたくないんだ」
「………うん…」
少し顔を上げた和が、俺の唇に優しくキスをくれる。
「そういうヤキモチ、ほんとは嬉しい」
そう言って、ふんわり花が咲くように微笑んだ
「………和……リベンジ……もう、してもいい?」
「……………うん」
俺は、今度はゆっくりと和の身体を持ち上げると布団に寝かせた。
「………俺を抱き締めると、夏希の香りが強くなって嬉しい…」
「……和の香りもだよ……凄くいい匂い」
和の首筋に鼻を擦り付ける。
………大好きな香り
このまま朝まで、和の甘い香りと身体に酔いしれよう………
お互いしか感じとれない香りは、いつしか混ざって新しい香りになっていく。
この香りがなければ、生きていけないほどに………
fin
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