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「……寂しいな」 部室を掃除しながら隣で呟かれた一言に、がくんと肩を落とした。 先輩達の荷物がなくなった部室は、妙にガランとしていて…… ここって、こんなに広かったっけ? あの日初戦を突破した俺達は、順調に2回戦3回戦と勝ち進んでいった。これは本当に今年はいけるかもと思った。 でも、そんなに上手く事は運ばなかった。 準決勝で当たったのは、県大会常連校、今まで練習試合でも、一度も勝ったことのない学校。 でも、俺達はギリギリまで粘った。あとワンゴールさえ入ってれば………… 「はぁ…」 自然に漏れる溜め息。毎日ここで会えていた先輩は、試合から三日後、部活を引退した。 「ああ。先輩達に会いてぇな」 「俺も!特に和先輩と葵先輩」 隣で話し始める同級生達に、大きく頷いた。 「……そういえば、あの二人、大学も同じところ受験するらしいぜ」 「ホンとかよ。幼稚園から一緒だろう!良く飽きないな……なぁ……もしかして付き合ってたりして」 「………ありそう。仲の良さ、ハンパないもんな」 二人が頷きあって、話している。 おいおいおい………男同士だぞ。 ………俺も……二人はもしかしてって、考えたことあるけど…… ああ………和先輩の香りが恋しい。 気持ちと同じぐらい重いリュックを背負って家に帰ると、玄関に見たことのあるスニーカーが並んでいた。 あれ………これって 慌てて靴を脱いで中に入ると、話しながら階段を下りてくる人。 「……和先輩?」 「おお。夏希、お帰り」 先輩の後ろからは、兄貴が顔を出した。 「……どーして……うちに?」 「真冬先輩に参考書を貰いに来たんだ」 そう言いながら玄関に向かう先輩。すれ違い様に感じる久しぶりの香り。 「じゃあ。真冬先輩。ありがとうございました」 「ああ。うちの大学ならその参考書が一番いいと思うけど、また何かあったら連絡してこい」 「はい………夏希も、またな」 えっ、今会えたのに、もう帰っちゃうの? しかも、今兄貴、うちの大学って言った? 玄関を出て行く先輩。俺は慌てて、もう一度靴を履いた。 「……先輩!」 「どーした、夏希」 「……こ….コンビニ、そうコンビニに行こうと思って」 そうかと軽く頷いた先輩、その横に並んで歩く。 「………先輩……兄貴と同じ大学、受けるんですか?」 「……うん。周りには内緒だぞ。受からなかったら恥ずかしいからな」 少し照れて呟く先輩。俺のモヤモヤが加速する。 「……先輩って…………兄貴のこと好きですよね」 「……えっ?……うん。真冬先輩のことは好きだよ。尊敬してる、あの人みたいになれたらって思う」 好きなんだ……… それはどういう好き?憧れ?それとも恋愛的に? 肝心なことは聞けなくて、余計にモヤった心。 うちから数百メートルのコンビニへの距離は、あまりに近すぎた。 「……今年もやるんだな夏祭り」 不意に先輩が呟いた言葉に顔をあげると、コンビニに貼られた夏祭りのポスター。 「去年は、三人で行ったな」 そうだ、去年は部活終わりに、和先輩と葵先輩と行ったんだ。 今年は無理だよな………でも…… 「……今年も一緒に行きませんか?」 「……」 「……やっぱり勉強忙しいですよね」 「……いいよ」 「えっ?」 「……昼間は夏期講習だけど、夕方からなら……少しぐらい夏を楽しまないとな」 「本当に?」 「うん」 やったー!モヤった心がどこかに吹き飛ぶ。 「……じゃあまた、連絡する」 そう言って、帰って行った先輩。俺は踊り出しそうな気持ちでポスターをスマホで写した。 また先輩と夏祭りに行ける………ヤバい、楽しみすぎて今日は眠れなさそうだ。
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