日常

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「まさか、恋人ではありません」 「君の好きな人、というわけでもない?」 覗き込むように質問する。 それがこの人にどういう関係があるのかはわからないが夏は答えた。 「もちろん尊敬してます。ただ恋愛対象として見ているわけではありませんし、マスターもそういうつもりで私を雇っているわけではないと思います」 確かに憧れてはいるが、好意があるというよりは尊敬している感じ。それにマスターにはちゃんとしたお相手がいらっしゃる。 「あの……時間も時間ですので、今日はどうされますかタクシーを捕まえますか?この時間なかなか捕まらないので」 「いや、もう少し話したいんだが」 「なにを……?」 きょとんとする夏をみて、くすりと笑うと、彼は夏の首の後ろに手を添え、ぐっと引き寄せた。 「ちっ……ちょっとなにをしてるんですか」 夏は両手で彼の胸を押した。 「嫌?」 彼の顔が近づく。かすかに香水の香りがする。 「ちっ……いやとかではないですが、なんで……」 彼は力を抜いて夏を離した。 そしてため息をつくと、 「あの薬の箱に『相手をメロメロにさせる究極の惚れ薬』って書いてあったよね」 あまりよく覚えていないが書いてあったような気もすると夏は思った。 「これを後遺症と言っていいのかどうかわからないが、あの媚薬を飲んだ日からずっと、夜になると君を思い出して 熱くなるんだ。今まではそんなに性欲が強い方ではなかったから、俺にとっては毎晩が結構辛い」 「え、どういう……」 彼は毎晩下半身が元気になるといっているのか。 それは普通のことでは?一般的な男性がどうなのか自分には分からない。 「あの媚薬のせいで僕は君に惚れてしまったのもしれない。責任を取れと言っているわけではないけど、僕の気持ちが落ち着くまで付き合うべきだと思う」 「あの……えっ?」 この人、何を言ってるんだろう。惚れ薬なんてあるわけがない。いくらなんでも無茶苦茶なこじつけではないか? 「私じゃなくても良くないですか?今日もバーで隣に女性のお客さんが座りましたよね、彼女はあなたに興味があったと思います。誘えばついてきたのではないでしょうか?」 「君はまだよく理解していないようだけれど、惚れ薬の効果は最初に目に入った相手に発揮されるんだ。シェークスピアの時代から決まっているだろ」 夏は驚きのあまり呆然としてしまった。 シェークスピアとは?真夏の夜の夢の話だろうか。 あの話は確か媚薬のせいで、ロバの頭を持ったロバ男に惚れるハチャメチャな喜劇だったのでは……。
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