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脱いだら凄いんです
ミケランジェロのダビデ像の前で夏は思わずため息をつく。
まさしく彼はダビデ像。鍛え磨き抜かれた男性の裸体にこそ、理想の美が現れる。古代オリンピックの参加者のごとく、美しい体だ。
今日は古代ギリシャ彫刻についての講座があり美術館へ来ていた。
彫刻の前に立つとその圧倒的な存在感に息を呑む。笹野さんの肉体美はそれに匹敵するだろう。
「なに、ぼーっとしてるのよ」
大学で同じ研究室にいる愛美(あみ)に声をかけられた。
「実際ににいるのよ……ダビデ」
「なにそれ?」
美術館の中は平日ということもあり来館者も少なく静かだった。庭園に場所を移しベンチに腰を下ろした。
そして笹野さんの事を相談していた。
「さっきから聞いてると、あんた、それセフレじゃない?」
「そうなの。多分自分の今の状況から考えると、まさしくセフレ」
愛美はコーヒーを吹き出しそうになりゴボっとえづいてる。
「マジで……」
彼女のあきれ果てるその様子に夏は凹んだ。
「そうなのよ。悲しいけどそういう行為しかしてない。毎週決まった曜日にやってきて、翌日昼には必ず帰っていく」
「昼に帰るの?」
「そう」
昼からは仕事だと言って必ず帰る。一緒に何処かへ出かけたことはない。
「既婚者じゃないの?不倫とか、やだからね」
その可能性はすでに考えた。そして、結論を言う。
「多分結婚してる気がする」
「まじで勘弁してよ……」
愛美は頭を抱えた。
その後、不倫に対してのリスクを1時間に渡って聞かされた。
話が慰謝料の相場まできたところで「別れろ!」と一喝された。
夏は笹野さんに「結婚してるのか?」と聞けないでいる。
年齢は36歳。夏のひと回り上だ。結婚していてもおかしくない。リゾート開発を手掛ける企業で働いていると言っていた。
笹野さんは夏の体だけが目的なのだろう。週に1度ただで抱ける女。お金もかからない面倒なこともない。我がままも言わない。手軽な相手なのだろう。
けれど彼があんなに愛おしそうに夏を抱いてくれるから、そこに愛があるのかもしれないと錯覚してしまう。
癖になるほど彼との逢瀬は気持ちがいい。まさに天国。他を知らないからなのかもしれないけど、それはもう、凄いんです。
決してそういう関係が良いものだとは思わないが、夏はもう沼に嵌ってしまっていて、抜け出せない気がしていた。
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