脱いだら凄いんです

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スペインバルに落ちつた時には時刻は7時を過ぎていた。 新しい店だという事で行列ができていて、30分ほど待たされた。こういう時にイライラしない神吉さんは凄いと思う。 男性にしては細身で美しい容姿は人目を惹く。でも本人は極めて地味な洋服を好み、目立たないように生きようとしている人だった。性格も真面目で温厚。誰にでも優しい。 「国立美術館に就職できればと考えていますが、そもそも募集がないですし、まず難しいです。キュレーターとしてアートに関わっていけたらいいんですけど」 神吉さんに就職の相談をしていた。 彼は彫刻家として活動はしているが以前は高校で美術教師をしていた。今でこそ自分の作品が売れるようになって有名人だが、かなり苦労した人だった。芸術の道は厳しい。 夏も例外ではなく、学芸員資格は持っているが、美術館に学芸員として勤めるのは狭き門だ。有資格者が多い反面募集は極めて少ない。採用されても給与待遇が悪い。 美術館の職員になる人は、もともとお金持ちで自分の生活を自分で面倒みなくてもいいような人達。何年も高い学費を捻出できる家庭に生まれた限られた人だけだ。夏はつらい現実を体感していた。 「僕たちは時代に取り残されないように、新しい分野を開拓しなければいけないんだろうね。まぁ、好きなことを仕事にしている人なんて世の中には少ないし、仕事になったら好きな事じゃなくなってしまう場合もある。難しいね」 「そうですね。今は教員になることも考えています」 「それもありだよ。趣味として美術に携わればいい。本来自分のしたい事を突き詰めたら趣味として置いておくのが一番な場合もあるから」 2時間ほど今後の芸術の未来について語り合い有意義な時間を過ごした。ご馳走してくれて、絵画教室の人物講座のモデルのアルバイトをお願いされた。 アルバイトを探すと言っていた私の為に、自分のやっている絵画教室のバイトを紹介してくれたのだろう。 「裸婦は無理ですよ」 ヌードモデルは無理だという言葉に、ははは、そうだね。ちょっと肉不足だねと冗談っぽく笑った。 裸婦のモデルはふくよかな女性が好まれる。 アルバイトは着衣モデルのようなのでほっとした。 気分よく食事を終えて神吉さんと『PROBE』の前で別れた。今日は金曜日。いつもならバーテンのバイトをしている日で笹野さんが飲みにくる日でもあった。 先週会った時に、改装工事でお店が閉まるというと、また店が開いたら来るよと言われた。 だからひと月は彼に会えないだろう。寂しい気持ちを胸の奥に隠す。   神吉さんの背中を見送りながら、夏はいろいろ考えた。 このまま大学にずっといても仕方がない。 夢は自分の好きな作家の作品で埋め尽くされた美術館をつくる事だったが、石油王と結婚でもしない限りは叶わないだろう。 笹野さんとの関係もこのままズルズルと続けていくわけにもいかない。 都会の夜の空気を胸いっぱいに吸い込むと夏は自分の部屋までの階段を駆け上がった。
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