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「あれさナットなんだ。ナットってわかるかな?六角形で中心に穴が開いた、ネジ締める時に使うやつ」
何を言い出すのかと夏はあっけにとられ笹野さんをみていると。
「俺の実家は東大阪で金属加工の工場やってて、まぁ、昔から貧乏だったんだけど、結婚するときに金がなかったから、おふくろの結婚指輪をナットを削って作ったんだって、素材は勿論プラチナとか金とかじゃなくてステンレスだけど」
ナットってネジを締める時に使うワッシャーみたいなあれかな、となんとなく想像する。
「あの日は、式をしていないのが心残りだとか言って年甲斐もなく親父とお袋が兄弟たちを集めて内輪で結婚式を挙げたんだ。まさかのシンデレラ城でだ。そこでだサイズが合わなくなった指輪をもう一度、親父がナットで作り直した。指輪交換の時にそれは起こった」
なんだかドラムロールが聞こえる気がしてきた。
「指が昔よりでかくなっただろうからって、親父が母親の為に作った指輪のサイズが17号だったんだ。わかるかな女性のサイズって9号くらいが平均だっけ?勿論それはぶかぶかで、なんていうか夫婦げんかが始まって、親父の心のこもった手作りナットが俺の指に納まったわけだ」
面倒なところは端折ったけど、と笹野さんは笑いながら頭を掻いた。
「……あの、とにかくあの日、薬指にしていたリングは、お父さんの作った結婚指輪だったという事ですか?」
「そうだな。うちに来てくれたら見せる。まだとってあるよその指輪」
なんだか狐につままれたような話だ。
「突拍子もない話で、信憑性に欠けます」
笹野さんは「はははっ」と笑う。
「ポケットとかに入れると無くしそうだったから取りあえず指にはめたままにしておいたのを君に見られたって事かな」
笹野さんは席から立ち上がると夏の横に来て耳に口づけた。
「取り敢えず行こう。俺の家に来たらわかる事だから」
そう言い夏の椅子を引いた。
夏は勢いのままに笹野さんのペースで席を立ってしまった。結婚はしていなかったって事?ならば独身って事だ。
「あ、それと、愛してる」
さも、ついでのように笹野さんは夏に言った。
「え?」
思わず聞き返す。
「君を、愛してる」
もう一度笹野さんはそう言って、レジへ向かった。
完
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