03

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それからハトさんは、その理由を話し始めた。 今の世界は他人を応援できる人が減っていて、それがタカくんを苦しめ、ハトさんの力さえ奪っている。 だから羽間(はざま)が心からハトさんに頑張ってほしいと願いを込めてくれれば、それだけタカくんを止めることができるのだと。 「わたしはタカくんを救って世界に悪意を振り撒くのを止めたいのです。どうか、どうかそんなわたしのことを、応援してくださいませんか!」 ハトさんはフローリングの床に頭をつけて頭を下げた。 羽間にハトさんの切実な想いが伝わってきたが、彼にはやはり理解できないことがある。 どうして自分なのだろう。 偶然落ちてきたハトさんを拾ったから? 喋る鳥に怯えずに水を飲ませてあげたから? 世界を振り撒かれる悪意から救うなんて、自分よりももっと相応しい人間がいるはず。 羽間はそう思ってしまっていた。 そんな彼の気持ちを察したのか。 ハトさんは顔を上げてくちばしを開く。 「(はと)の分際で何を大それたことをとお思いでしょうが」 「そ、そんなことは思ってないよ!」 羽間が自分を悪く言ったことにそれは誤解だと声を張り上げると、ハトさんはニッコリと微笑む。 「わかっていますよ、羽間さんはそんな人じゃない。わたしはあなたのことをよく知っていますから」 ハトさんは微笑みながら話を始めた。 それは、これまでの羽間が歩んできた人生についてだった。 物心つく前に両親が離婚し、母と共に家を出たが、再婚相手には好かれずに虐待されていたこと。 学校ではその引っ込み思案な性格のせいで、周囲からいじられキャラという立ち位置にされてイジメを受けていたこと。 高校までは行かせてもらったものの、義父から卒業後は家を出るように脅されたこと。 家を出てから就職した飲食業では店長を任されたが、バイトを減らすように上から言われ、開店から閉店までほぼ自分ひとりで店を回し、当然休みなしで働き身体を壊して辞めたこと。 その後は、非正規の仕事をずっと続けていることを、ハトさんはまるで見てきたかのように口にした。 「それでも羽間さんは誰も恨むことなく自活を続けています。これは本当に凄いことですよ。もしわたしが羽間さんだったら、まず義父はもちろん母親を憎み、学生時代のクラスメートや就職した会社の人たちのことを呪うでしょうね」 「ハトさん……」 「そんな顔しないでください。ほら、涙を拭いて」 羽間は言われて気が付いた。 両目から涙が流れていることに。 慌てて顔を拭う羽間に、ハトさんはバサッと翼を広げて言う。 「“元気を出すための最善の方法は、他の誰かを元気づけること”」 「それもマーク·トウェインって人の言葉か?」 「はい。では羽間さん、くれぐれもお願いしますね。わたしのことを応援してやってください」 微笑むハトさんの姿が次第にぼやけていくと、羽間は意識を失った。 そして目が覚めると、自分が布団の上で横になっていることに気が付いた。 ガバッと身体を起こして部屋の中を見回したが、ハトさんの姿はない。 慌ててスマートフォンで時間を見ると、次の日になっていた。 「夢だったのか……? 妙にリアルな夢だったな……。うん? こ、これは?」 羽間はハトさんとのことを夢だと思っていたが、部屋には(はと)の羽が散らばっていた。 それが、ハトさんが暴れたときに抜け落ちたものだったと彼が思っていると、抜け落ちた羽の中に文字の書かれた紙が置いてあるのが見える。 紙を手に取ると、そこにはハトさんからのメッセージが書かれていた。 その内容は――。 《優しさは聴覚障害者が聞くことができ、盲人が見ることができる言語――。マーク·トウェイン。それはわたしのような鳩にもですよ。羽間さん、いろいろとありがとうございました。おかげでタカくんを助けることができましたよ》 羽間は紙に書かれていた内容を読み終えると、それをポケットに入れた。 そして、すでに入れていたものを取り出す。 それは100円ショップで購入した包丁とジッポライターのオイルだった。 それらをそっと床に置いた羽間は、布団から出て立ち上がると、水道水を飲んで外へと出ていく。 「トムとハック……読んでみるか……」 彼が向かったのは近所にある古本屋だった。 年寄りの男が趣味でやっているような商売っ気のない店だ。 その店でマーク·トウェインの本をいくつか手に取ってレジへと向かうと、店主の老人が声をかけてくる。 「お客さんはこの辺の人かい?」 「そうですけど……。そ、それが何か?」 「いやね、この店にお客さんが来るなんてもう何年もなかったからさ。なんだか嬉しくて声をかけてしまったんだ。気を悪くしたのなら申し訳ない」 「いえ、わかります……。わかりますよ、その気持ち……」 羽間はそう返事をすると、購入した本の入った紙袋を受け取って笑みを返した。 了
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