1話 氷酷の魔女

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1話 氷酷の魔女

 神話は語る    創世神エテルネルは命を愛し『レーヴェン』を生み出した  世界が壊れることを恐れたエテルネルは4柱の管理者を生み出した  管理者たちは女神の意志のもと世界の調停者として、或いは番人として、世界に君臨し続け、やがて人々によって『世界の4災』呼ばれるようになった  しかし管理者は絶大な力を持っている代わりに絶対に破ってはならない禁忌が存在する    ひとつ、特定の命に固執してはならない  ひとつ、大きな戦争をさせてはならない  ひとつ、悪戯に力を使ってはならない  ひとつ、領域を拡げてはならない  ひとつ、恋をしてはならない  この絶対的誓約の元、世界の均衡は保たれる  この世界が終るその時まで――  長い月日が過ぎ、管理者の1人が代替わりを果たす。    それは世界の転機の始まりだった――       ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎  ――黎明期257年 北の大地・ルアル  雪の止まない大陸の最北に青みを帯びた白亜の城が聳え立っている。彫刻、扉、階段……庭さえも、すべてが氷で創られているその城の廊下にひとりの足音が響き渡る。  纏う空気に吐息、足音さえも温度をもたない彼女の名はグラース。『世界の4災』の一柱(ひとり)である。 「……つまらない」  思わずこぼした言葉には何の感情もこもっていなかった。ただ口に出しただけの意味を持たない言葉。だが、それを受け取る者はいる。 『もう! またそんなこと言って! こんなところで引きこもっているから退屈なんですよっ! もっと活発に活動しないと!』  グラースの言葉に青白い光を帯びた小さな精霊が姿を現す。  グラースが幼い頃からそばにいる氷の精霊・キオンは膨れっ面をしながらグラースの耳元で怒鳴った。あまりの煩さにグラースは音を遮断した。 「耳元で叫ばないでようるさいな」 『ご主人様~! そんなにされたら寂しいですよ~!』 「思ってもないくせに」 『あ、バレました?』 「何年一緒にいると思っているの?」 『え~まだまだじゃないですか! これから何十年も何百年も一緒なんですから!』 「うわ」 『あ、嫌そうな顔』 「冗談よ」 『ですよね~……って、そんなことはどうでもいいんですよ! もっと動きましょうよ!』 「……じゃあ、外に散歩でもいく?」 『いいですね! 行きましょう行きましょう』 「はいはい」  久しぶりの外出にキオンは大興奮だ。そんな様子をグラースは呆れ顔で見つめながら、ふと考える。 (そういえば最後に城の外へ出たの2年前だったわね)  それは活発な性格のキオンは耐え難いだろうな、と心の中で呟きながら窓の外へと出る。この地は決して雪が止むことがない。しかし雪は積もることなく消えるのだ。 「キオン、いくよ」 『はいっ! ご主人様」  グラースは吹雪を生み出し、城の外へと飛び出した。  グラースの領域にはライラと呼ばれる青と白の花が枯れることなく咲いている。空は曇ることはなく、オーロラが空を埋め尽す。青い花に白い雪がかかり、まるでライトのようにオーロラが降り注ぐ。これほど美しい光景は他にないだろう。  そんな美しい領域を支配するグラースはライラの花畑まで飛んでいく。 「キオン、久々の外出はどう?」 『もうすっごく嬉しいですっ! ずっと飛んでいたいです!』 「全く……そろそろ降りようか」 『はーい』  ご機嫌に返事を返し、そのまま急降下をしていくキオンをグラースは慌てて追いかけた。 「気が短いわね本当に」  そんなグラースの声など聴こえていないキオンはそれは楽しそうに花畑まで降り、花弁に包まる。 『はあ……気持ちいい……』  いつものように花びらで頬擦りをするキオンを横目に、花畑に着地したグラースは花弁を一枚ずつ摘み始めた。  実はライラの花には多様な用途がある。染料、薬、浄化など使い道が豊富なのだ。  一輪から一枚ずつ花弁を撮っていると、いつのまにか遠くまで来ていた。お陰でキオンの姿が見えない。  ひとまずキオンの元へ戻ろうと籠を抱え直した時、空のオーロラが色を変えた。普段はピンク、緑、赤の順番だが今は赤一色である。これはグラースの領域特有のもので、領域の状況で色が変わるようになっているのだ。赤は侵入者や敵襲など、領域を乱すようなことが起こった時の色である。 「敵襲の雰囲気はない。あるのは人間の気配がひとつだけ。だけど、ひどく弱い。それに……」  グラースは先ほどから微かに鼻をつく血臭に顔を顰めた。 「この『氷酷の魔女』の領域に踏み込むなんて、とんだ愚者がいたものね……」  一切の感情も表情も消したグラースは静かに、招かれざる客の元へと足をすすめた。グラースが通った場所は凍りつき、ライラの花を映していた――  
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