線香花火の精霊

1/3
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 夏の夜。チャッカマンを点け、その細くて軽い花火に火を点ける。  ぱちりぱちりと音がすると、その子は現れる。 「よっ」 「よう」 「今年も呼んでくれて、ありがとな」  男の子らしい口調で話すのは、全身が線香花火のように橙に輝く女の子だ。  小さい頃から僕にだけ見えていたその子は、十歳のとき線香花火の精霊なのだと教えてくれた。  今は大人になって一人暮らしの身だが、それでも夏の夜だけ、線香花火を点ければ出てきてくれる。 「最近どうだ?」 「毎日へとへとだよ。そっちは?」 「お前以外にも、線香花火をする人の前に現れてみたりもするんだが、誰も気づかないな」 「そうなんだ」 「お前は特別なのかもな」 「そんなことないよ。普通の二十六歳児だよ」 「二十六歳児ってなんだよ」 「おもしろいでしょ?」 「まぁな」  精霊と会話をしていると、時間はあっという間に過ぎる。  線香花火が燃えるのは、四十秒だけなのだそうだ。 「じゃ、この辺で。またな」 「あ、ちょっ、待って!」  じゅうと音がして、線香花火は消えた。煙の香りが辺りを包む。 「もう一本、やるか」  線香花火はまだある。五本入りだからあと四回、できる。同じように火を点ける。 「なんだなんだ、今年は話したいことでもあるのかよ」  精霊はやれやれといった風にして現れた。  少し間を置いてから、僕は話したかった言葉を口にした。 「もう、会えないからさ」 「会えない? 線香花火代が負担になっているのか? それはすまな」 「そうじゃない」 「……」  精霊の言葉を遮ると、彼女は黙ってしまった。 「もう、生きるの、つらくてさ。やめようかなって思ってるんだ」  伝えると、精霊はうーんと考えていた。考えながら、じうじうと線香花火は燃え続ける。 「あ、俺もう消えちまう! また呼んでくれよ! それまでに返事、考えておくから!」  言い終わると同時に、線香花火は消えた。  あと三本。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!