線香花火の精霊

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 チャッカマンを点ける前に、僕は現実に引き戻されていた。  今日は日曜日。今日が終わってしまえば、月曜日がやってくる。  明日なんて、来てほしくない。 「なんで、泣いてんだろ」  Tシャツの袖で涙を拭う。水色の生地に青くシミが付いた。  火を点ける。 「よう。考えたんだが、休むのはどうだ? ゆーきゅー、とか使ってさ。休めば治るだろ?」 「治らないよ」 「そうか……。じゃあ、実家に帰るのは?」 「休めないよ」 「ダメかぁ」  あー、と残念そうな顔をする精霊。 「あ」  お互い黙っていたらまた消えた。あと二本。  つけるか迷う。これ以上押し問答していてもいい結果は出ないだろう。  でも。  僕はほんのちょっとの望みをかけて、火を点ける。 「医者に診てもらったらどうだ?」  開口一番、精霊は医者というワードを口にした。少し、体が重くなる。 「ちょっと調べたんだ。診断書が出れば帰れるんだろう?」 「まぁ、そうだけど。精神科とか、かかったことないし」 「だろうな。でも俺は、来年も君に会いたいんだ」 「そう」 「そうだ。だから、面倒かもしれないが受診してみてほしい」 「ん」  曖昧に返事をすると、精霊は線香花火のパッケージに目を向けた。 「残り一本か」 「うん」 「その一本、取っておいてさ、実家に帰ったとき点けてみてくれよ」 「え」 「な、俺との約束だ」  精霊はにこりと笑う。 「大変だろうが、俺は応援してるぜ。二十六歳児さんよ」  ぱちぱちという音が小さくなっていく。 「また来年、会おうぜ」  アスファルトに火の玉が落ちる。消えてしまった。 「あーあ」  僕は残念そうに声を上げる。  残った一本の線香花火。これを、実家で燃やすのだ。
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