血も肉も食べ方を知らない羊のように飢えている

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 秋の終わりの新宿は、人出は多かったものの、どこか静かだった。  三丁目の路地を入ったところにある、モスグリーンのシェードの喫茶店のドアベルが鳴る。 「空いていてよかった。いつも混んでいるから。アイリさん、あのテーブルにしましょう」 「そうですね。薄暗い奥って落ち着きますよね」 「……電話では変に明るかったですけど、今日はいつも通りな感じですね」 「そうですか? もともと、浮き沈みがあまりないたちですから」  一組の男女は、敬語で話しながら、奥まった席に着いた。  二人とも年のころは二十代前半くらいで、さほどしゃれっ気のない服装をしている。  男性のほうは、ストレートの髪を無造作に伸ばしており、ふちのない眼鏡をかけていた。  女性のほうは毛先だけが明るいブラウンのロングヘアで、体の線が細い。それを守るように余裕のある服のラインと、やや大振りなバッグがよく調和していた。 「アイリさん、ご婚約、おめでとうございます」 「ありがとうございます、篠田さん」  女性が深めに頭を下げると、白いチュニックシャツを背景にして長い髪が揺れた。 「篠田さんがそんなふうに私を祝福してくれるとは思いませんでした」 「なぜですか。人並みにはお祝いしますよ」  篠田と呼ばれた男は小さく笑う。それを見て、アイリと呼ばれた女は、ややぎこちなさを浮かべて笑った。 「なぜって、それは」 「僕がいつまでもあなたを好きで好きで仕方ないと思うからですか?」  アルバイトのウェイトレスが、話を聞かないようにしながら水を置く。 「……まあ、言ってしまえばそうですけど。そう言われると、なんだか私が自意識過剰野郎みたいじゃないですか」 「自意識過剰ではありませんよ。現在進行形の事実ですから」  ウェイトレスは、聞き耳を立てないようにしてはいたのだが、なんにせよほかに客がいないせいで自然と会話が耳に入ってしまう。  どんな関係の二人なのかが今一つ不明だが、とりあえず注文待ちで適当な距離にたたずんでいた。  篠田がアイリにメニューを差し出し、 「僕は、あなたが結婚相手と、週末の夜をどう過ごしているのか、想像しただけで物理的な痛撃が肺と心臓に突き刺さるような苦痛にさいなまれています」 「死ぬじゃないですか」 「嫉妬で人が死ぬなら、僕はとうに死んでいます。でもそれはこちらの都合ですから。おめでとうはおめでとうで、別ですよ」
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