1. 生贄

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1. 生贄

 この村は山神様の加護により、緑豊かな恵み溢れる地であった。  清らかな水が湖を満たし、豊作物はたわわに実る。子供から大人まで、老若男女が食うに困らない。まさに、恵まれた楽園だ。  しかし、ある日ー……  突発的な雷雨が村を襲った。  轟々と幾日も降りしきる雨は作物を腐らせ、激しい稲妻が大地を揺らす。  それらが止んだかと思えば、今度は容赦ない太陽の恵が降り注いだ。  やがて、その熱に焼かれた大地はひび割れ、命の源である湖さえ枯れ果てる。  この干魃(かんばつ)は、ついに人々の命も奪い始めた。  村の人々は、口々に囁き合った。 「山神様の祟りじゃ」 「山神様の怒りを鎮めなければ」 「用意するのじゃ」 「供物捧げるのじゃ」 「山神様に差し出そう!"生贄"を!!」  ついに、白羽の矢が立った子供がいた。  それは、村の外れで祖父と貧しい暮らしをしていた幼い少年であった。残念なことに、祖父は歳をとり、この冬を越せずに命を落としていた。  "天涯孤独"  "悲しむものが誰もいない"  供物にはの存在である。  ある春の晩、村長と数人の村人が少年を捕らえた。少年は抵抗しなかった。  その体は貴重な水で清められ、白魚のような肌は米糠(こめぬか)で磨かれる。  細い体に純白の着物を着せられ、花の蕾のような唇には鮮やかな紅をさす。  そして、濡羽色の髪を丁寧に櫛ですいた後、最後に純白の布で目隠しが施された。 「山へ降ろされたら一歩たりとも動くことは許さん。決して、その目隠しは外しては成らぬと肝に銘じよ」  村長に言い聞かせられた少年は、村人に抱えられ籠へと乗せられた。  月夜に照らされた籠は、ゆっくりと山を登ってゆく。  目指すのは、山の頂上。  この東の国で、一番最初に黎明を迎える場所であった。  少年は、一言も言葉を発さない。  村人もまた、少年の名を呼ぶ者など誰一人としていなかったー…………
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