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彼の拍動は、少しずつ速度を上げていった。そのあと晴香はすぐに目線を逸らす。
「あの後さ、すごい後悔した。そのまま次の日は金曜よ。結局もう一度話すこともできず卒業、ってわけ」
「そう……だったんだ」
「誰かにとっての厄曜日は、誰かにとっての晴曜日でもあると思うの。そして、厄を晴にすることだってできるかもしれない。今日みたいにね」
そう言うと、晴香はまたあの眩い、優しい笑顔を覗かせた。
「自分で言う?」
「ええ? いいじゃない」
「……でも、確かに知ることはできた」
忌野はぎこちないながらも、うっすら口角を上げた。
「ねえ、忌野君の晴曜日っていつ?」
「自分の?」
考えたこともなかった。自分の過去を思い返してみる。怒られた数学のテストが返ってきた後、理科が満点だった日。部活のレギュラーからもれた後に、練習試合で大活躍した日。私学に受かった日。就職が決まった日。
「……金、曜日?」
思い返せば、不運なことがあった翌日には、必ず幸運があった。告白に失敗し、翌日も打ちひしがれていた時を除いて、金曜はそういう日だった。
「ええー! そうなの!?」
晴香は驚いた様子で身を乗り出した。
「いいなあ! この後ラッキーな日が始まるなんて! 私なんてこれから厄曜日よ!?」
「アハハ! ご愁傷様」
「あっ、言ったな!?」
久しぶりに弾む会話が繰り出される。今度は声を上げて笑った。晴香は頭を抱え、小さくつぶやく。
「あー嫌だ、もうすぐ厄曜日になっちゃう」
時計を見てハイボールを勢いよく流し込む。
「……あのさ」
「ん?」
忌野は勇気をもって、彼女に身を乗り出した。
「厄を晴にできる、かもしれないんだよね?」
「……う、うん。言ったけど……」
「あの時、あの時だけ、金曜は晴にならなかったんだ。つじつま、合わさせてくれない?」
「……え?」
両脚を震わせながら、忌野は膝の上に乗せた拳を強く握る。彼は店員に手を上げ、ハイボールを注文した。
「晴香さん、金曜日になるまで飲もう。そして、金曜日になったら、あの時の続きを、いいですか?」
晴香は顔を赤くするだけだった。それはあの時と全く違う赤だった。
そして、金曜日。
(『厄曜日』・了)
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