番外編短編・文花のコンビニ潜入記

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番外編短編・文花のコンビニ潜入記

 夫の四十番目の不倫相手の話である。    夫のは、自宅近くのコンビニの店員と不倫した。近くと言っても自宅からニキロ近く離れたコンビニで、近くにスーパーや書店などがある比較的賑やかな地区だった。  相手は、二十代前半のコンビニ店員フリーター。  夫にしては珍しくアイドル風のわかりやすいぶりっ子女が不倫相手だった。  名前は、星村七絵。本当にアイドルの様な名前で、素性が見えない女だった。文花も調査に難航し、結局同じコンビニで働きながら七絵の素性を調べることにした。  運がいいことに面接はトントン拍子に進み、あっという間に働く事になった。  先輩店員として七絵に仕事を教わる事に成功した。「川瀬文花」と本名を言っても、不倫相手の本妻だとは疑われなかった。おそらく夫は作家としてのペンネームしか伝えていないんだろう。  七絵に教えてもらう事は実はあまりなかった。マニュアルは執念深く丸暗記してあった。この点については店長にも褒められて、スムーズに職場に入り込めた。まさか愛人調査の為に潜入しているとは夢にも思ってないようだった。  仕事を教えてもらうフリをしながら、七絵に話しかけ、素性を探る。 「本当に私、元アイドルだったんですよー」  文花の予想通りだった。バックヤードで休憩中、親しみやすい近所のオバちゃんの演技をしながら探る。 「恋人とかはいるの?七絵ちゃんかわいいし」  七絵は、ツインテールの髪の毛の乱れを鏡でチェックしながら、文花の話を聞いていた。 「いる事はいるんですけど、私って重いんですよね〜。今の彼氏?みたいな人とも一緒に死にたいと思いたいぐらいなんです〜」  まずい事を聞いてしまった。この女の子はガチでメンヘラ地雷女だ。  文花はさらに七絵の調査を続けた。他のコンビニ店員の噂によると、過去に彼氏に一緒に死のうと提案したり、ストーカー行為もしていたようだ。やっぱり夫の不倫相手。一筋縄にはいかない。  しかし、同じメンヘラ地雷女同士、意外と二人は仲良くなってしまった。彼氏(夫)に依存してしまうと、ディープな悩みもお互いにしていた。彼氏(夫)の浮気にすぐ気付くコツ、私物を漁ってもバレないコツなどもお互い情報交換し盛り上がる。  このままではいけないと思い、文花は仕事に精を出した。まさか不倫相手と仲良くなってしまったとは、メンヘラ地雷妻の名が廃る。  文花は常連客の顔や好みも全て暗記し、クリスマスケーキや恵方巻も営業し売り上げも伸ばした。それだけでなく、オレオレ詐欺にあいそうになる老人を事前に守り、癖のあるクレーマー客をあしらい、万引き犯をとっ捕まえ、ヤクザの接客も難なくこなした。  夫の不倫に比べればこれらの事は蚊に刺された様なもので、ちっとも怖くなかった。  いつの間にかコンビニで文花はなくてはならない存在になっていた。店長や他の店員はもちろん、七絵にまで慕われてしまい、辞めるタイミングをすっかり逸してしまっていた。  そんなある日、夫が客としてやってきた。ちょうど万引き犯を追いかけて捕まえ、店の前で警察を待っている時だった。万引き犯の男は、観念して崩れ落ち、「この女怖い」とうめいていた。 「文花ちゃん、こんなところで何やってるの…?え?まさかここでバイトやってたの…」 「見ての通りよ。万引き犯を捕まえたの」  夫はレジの後ろにいる七絵の姿にも気付き、すぐさま事情を全部察した。 「嗚呼、僕はとっても怖いよ…!ドン引きだよ…」  夫は万引き犯より怯えた声を出していた。 「不倫やめてくれる?」  崩れ落ちている万引き犯の身体を踏みつけながら、文花は夫に尋ねた。さすがの夫も観念し、頭を下げた。  その後、万引き犯を何人も捕まえたとして警察に表彰され、ローカルテレビのインタビューまで受けていた。 「万引き犯捕まる時、怖くなかったのですか?」 インタビュアーは無邪気に聞いた。 「夫の不倫と比べたら、万引き犯なんて毛虫みたいなものね。ねえ、ちょっと聞いてくれる? 夫は今まで四十人以上も不倫をして、このコンビバイトも愛人を調べる為に潜入して……」  この一件のせいで夫と文花の醜聞が町内により広まってしまった。  バイトもすんなりクビになった。
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