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文花と紅尾はエレベータに乗り込んだ。他に社員はいない。
紅尾が一階のボタンを押した時と同時に、エレベーターの扉が開いた。社員が一人走りながら入ってきた。
「すみません、乗ります」
三十代前半ぐらいのの小太りの男だった。スーツ姿だが、額に汗をかき暑そうだった。
エレベーターの中は、泣いてる女がいて小太りの男は驚く。
「紅尾さん、こちらは?」
「ああ、田辺先生の奥さんだよ」
エレベーターはゆっくりと下降していく。
「あの田辺先生の…。こんにちは。昼出版の常盤純です」
「ええ、こんにちは。川瀬文花です。夫がいつもどうもお世話になっています」
文花はハンカチを握りしめて、深々とお辞儀をして常盤に挨拶をした。
しばらくエレベーターの中は沈黙が落ちる。誰も話さず、気まずい空気が流れた。紅尾はただエレベータのボタンを見つめ、常盤は腕時計を意味もなく見ていた。文花はぼんやりと二人の背中を見ていた。
この様子だと夫の事や文花の事は出版社内で噂になっている事だろう。
しかし今更な事だ。
夫の不倫癖は業界ではとても有名。
そのたびに妻がメンタルを悪くして、不倫相手が担当編集者の場合はこうして乗り込んでくるのだから。
もっとも数年前に人気作家のゲス不倫だと週刊誌にスクープされた事もあったので、世間には思った以上に醜聞が知れ渡っている。
たまに近所の人からも白い目を向けられ、自宅に悪戯電話がかかってくる事もあった。
数年前は人気女優・秋野涼子と不倫もしていた。彼女とのメールのやりとりも酷いものだった。その事は週刊紙に載らなかった。それだけは救いと言えるかもしれないが、秋野涼子と別れた後、瞬く間に担当編集者と不倫を始めた。
不倫は会社にバレ、文花の耳にも入り結局こうなった。
エレベーターは一階につき、文花は紅尾と常盤に事務的に挨拶して帰っていった。
「なんですかね? あの人…」
初めて文花に会った常盤は首を傾げ怪訝な表情を浮かべた。
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