極悪婚活カウンセラー編

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極悪婚活カウンセラー編

今日の夜は珍しく夫がいて、一緒に夕食を食べた。  執筆のために静かな環境が良いと、千葉のやや田舎の町に自宅があり、窓の外から犬の遠吠えや虫の音が微かに聞こえる。車や人の声は滅多に聞こえない。築三十年以上の二階建ての我が家だが、生活する上では問題はなかった。  ただ夫は文花と顔を合わせるのが嫌な時も多く、庭にプレハブの離れを建て、そこで仕事をしている事が多かった。  食卓の上には野菜の煮物や海藻のサラダ、鮭の切り身を焼いたもの、きゅうりの漬物やご飯が載っている。  全て文花の手料理である。派手ではないが、健康的な家庭料理。  野菜も全て無農薬の農家を探し出して調達している。調味料もオーガニック食品店から取り寄せた無添加のものを使っている。  文花の意識が高いと言うわけではない。もともと料理自体にそんな興味もない。  結婚当初、夫は過労や不摂生がたたり、病気がちだった。これではいけないと思って文花は健康的な食品を調べ上げ、健康的なレシピを勉強し、時には料理教室にも通い、今の様な食卓になった。  夫はみるみると痩せ、健康的になった。文花も肌が綺麗になり、美容に良かったのだが、夫は不満だった。夫はこう言った健康的なメニューより牛丼やハンバーガーやスナック菓子や菓子パンが好きだった。  今も一応野菜の煮物に箸をつけているが、夫の表情は渋かった。 「文花ちゃんさぁ、ハンバーグとか作れないの?」 「作ってもいいけど、パン粉も卵も入れないのでいい? つなぎ入れると糖質が高くなるし」 「つなぎ入れないハンバーグなんてあるわけ?」 「あるわよ。ドイツ料理だったかしら」  夫はやれやれとため息をつきながら味噌汁を啜る。味が濃い。どっから調べてきたのか減塩が逆に体に悪いらしく、文花の作る味噌汁は塩っぱい。  文花はもくもくと食事をしていた。内心久しぶりに夫と食事ができて嬉しかったが、どうせ碌でもない事を言われるだろうと悪い予感もあり、喜びは外に表現できなかった。 「文花ちゃんさ、昼出版の紅尾さんに何か言ったでしょう? 担当がさぁ、ブサイクな男に変わったんだけど」  常盤の事だろう。  確かに小太りで、鼻も低くお世辞にもイケメンだとは言い難かった。文花はカワウソに似ていると思った。そこまで酷くはない。  ハッキリとブサイクな男という夫の性根の悪さに辟易とする。影でこの男は愛人と一緒になって文花の容姿を悪く言っている事は知っているから、余計に腹に怒りが溜まる。 「やめてくんないかな? まあ、いいけどさぁ。僕は恥ずかしいよ」 「今までの愛人が五十人以上いる夫の妻も相当恥ずかしいわ」  夫はこれを言うと何も言えなくなる。白髪頭を掻き、いかにも居心地が悪そうにしている。 「今度の話は婚活女性が主役なのね。楽しみにしてるわ」 「まあ、きっと傑作になるよ」  夫はふっと口元に笑みを見せた。  ピンときた。嫌な予感がする。 「ねえ、取材先の女といい感じの様ね?」  カマをかけると、夫は何も話さなかった。目が泳ぎ、文花の後にある窓の外を見ている。  まだ不倫関係ではないだろうが、好みの女がいたんだろう。証拠はない。単なるカンだ。でもピンときた。 「まあ、いいじゃん。文花ちゃんさぁ、デザートにプリンでもない?」 「無いわ」  結局夫は食事を半分以上残し、執筆のために離れにこもってしまった。  おそらくそこで菓子パンやカップラーメンでも食べるんだろう。彼の仕事をする為のディスクの側には、常時カロリーゼロだが添加物たっぷりのダイエット飲料が転がっている。暗澹たる気持ちでそれらを片付ける妻の気持ちなど、夫は知るよしも無い。  妻の手料理を普通に食べていればそんなものは必要ないのに。でも夫は文花の料理が好きでは無い。健康的な食事が嫌いというより、作った女が好きじゃないのだ。夫のためにと執着して健康的な食事を作るというその経緯が、夫は好きではないのだ。妻に尽くされても夫はちっとも嬉しくない様だ。  だからといって、文花はこのスタイルを辞めるつもりはなかった。
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