番外編短編・向井探偵の正義

2/3
76人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ
 以来、向井は文花に尾行の方法などを教えて、文花がその結果を報告するという関係が続いた。  文花はやはり強い執着心で教えた事は全ての飲み込み、実行した。スポンジが水を吸い込むように素直に吸収していったが、弟子の執着心を師匠は舐めていたらしい。  時には愛人のゴミを漁り、時には愛人の職場にバイトやパートで入り、時には愛人の家の合鍵まで勝手に作り初めているではないか。 「文花さん、俺はドン引きだよ」  文花が持ってきた愛人ノートをめくりながら、向井はため息つく。その頬は少々ぴくついていて、明らかにドン引きしている。  そして夫の愛人の数にもドン引きだ。すでに二十人目である。夫はお世辞にもイケメンとは言えず、性格が良いとも言えないのに愛人は全く途切れ無い。 「っていうか離婚しなさい。証拠もあるんだろう。これだけ夫の不貞行為の証拠が有れば」 「違うんです。離婚したい訳じゃなく」  文花は悲しそうに首を振った。弱いものイジメでもしているようで居心地が悪い。 「私は夫を愛しているんです」 「そうか」 「夫が不倫をやめてくれたらそれでいいんです」  聞くと夫は、芸の肥やしで不倫をしていた。不倫をすると良い作品ができる。作品に煮詰まると不倫に走り、インスピレーションを得て作品を作り上げる。 「単なる浮気だったらとっくに離婚していますよ。でもそうじゃないんだもの。どうする事もでき無いのよ」  文花自身がこの複雑な状況を持て余しているようだった。夫を愛しているのは本当だろう。  離婚の意思はないだろうし、夫を裁きたい気持ちも無さそうだ。だから余計にどうする事も出来ず、愛人を調べる事について執着しているのかもしれない。  不憫に思った。  せっかく自分が知恵を教えて、愛人と夫の浮気の証拠を押さえられているのに。弟子は、小さな檻の中にでも閉じ込められているように見えた。 「文花さん、ちょっとその愛人ノート貸してくれない?」 「どうして?」 「いや、ちょっともう少し見てみたいんだよ。俺もちょっと調べてみたい事があるしね」 「?」  文花は怪訝な顔をしながらも素直に愛人ノートを貸してくれた。
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!