1♦︎ 地下へ行け

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 神様というのは本当にいるらしい。  神様は、その文字にもあるように、神出鬼没。世界中どこにでも現れることができる。もちろん地球上ではない宇宙のどこかにだって、その所の“様子を見に行く”ことができるらしい。  ある日、神様は地球の様子を見に現れた。すると、戦争が起きている。地球に人類が生まれた時から争い事は耐えなかったが、今回ばかりは神様も「いい加減にしろ」と思ったそうだ。ボタンひとつで数百万の人間が死に、それと同時に自然も淘汰されていった。道に咲く小さな野花を踏みつけても、そのことに気づきはしない。当然だ、自分の命がかかっているのだから。自分以外は紙に描いた景色同然。争いは止まず、それどころか拡大する一方だった。  神様は一体どうしたら人類は争わなくなるのだろうと一考したが、答えはなかなか出てこない。そのうち、小さな島国に暮らす人間が一人、海上からの砲撃にあたり、死んだ。  神様がそのことに気づいたのは、彼女が肺から上を消し炭にされ海岸沿いに横たわってから3日目のことだった。以前、見に来たときは子を授かったと両親に報告しているところだった。その時のことを思い出すと、今の彼女の腹は大きく膨らんでいた。赤黒い体内をのぞいてみると、臓器の間にしっかりと赤ん坊の姿が見える。もちろん、絶命している。  神様は再び一考した。    ───創りなおそう、人類を。  神様は、天から光の柱を世界中に伸ばし、地球上の全てを無に帰した。    ──白紙の状態から新たに命を育む。全ては美しいものたちのために。  神様は人類を再び創ろうとは思っていなかった。彼らは必ず争う。何も学ばない。歴史を繰り返す。その度に美しいものたちは姿を消し、二度と生まれなくなってしまう。だから、人類が生まれる未来を創らない。  しかし、その考えとは裏腹に腕の中に真っ赤な赤子を抱いている。彼女の子だった。神様も、いつ彼女の亡骸から赤子を取り出したのかわからなかった。美しいものを創るために全てを消したはずが、最も醜い人類の象徴をしっかりと抱きしめている。  神様は三度一考したのち、赤子の頬を撫でた。神様の手によって血を拭われた頬は健康的な肌色を見せ、石のように固まっていた心臓は鼓動をとり戻した。  神様は、島国の一角に一件の家屋を創った。思い出すのは彼女がその家の階段を駆け下りる姿や夕食を創る母親の手伝いをする姿。その時の一品をつまみ食いしたこともあった。  次に、彼女の父親を模した者を創った。もちろん人間ではない。しかし、見た目も質感も中身の構成も、人間と見紛うほど精巧なつくりにした。  神様は、彼に赤子の育成を命令した。そして、時が経ち成長した赤子に地球を創るよう伝えろ、と。  神様は、赤子の頬をそっと撫でると、見えなくなったという。 ***  なるほど、壮大な物語だ。続きが気になるところである。祖父が言っていた話にそっくりなところが面白みを若干減らしているところではあるが。  物語をひとつ話しきって喉が渇いたのだろう。コップに注いだ水を飲み干したケヤキは、満足そうに息を吐いて向かいに座っている私を真っ直ぐに見つめた。  「薄々気づいてると思うけど、この話の主役はマゴだよ」  ・・・・・・えっ?  「神様が世界を更地にして15年、ついにマゴが覚醒していよいよ地球の再創生が始まるってところ」  「ち、ちょっと待って」  自分の耳を疑う言葉がひとつふたつ・・・。  「私なわけない。それってフィクションでしょ?なのにどうして私が主役なの。それに、神様が世界を消滅させたって言う話はつい最近、三ヶ月前の話だよ」  嫌な汗が流れる。何故か、言い訳をしているような気がしていた。自分で自分を疑っている。  「三ヶ月前・・・?じいちゃんがそう言ったの?」  必死に頷く私にケヤキは、ポカンと口を開け固まる。その顔をしたいのは私の方だ・・・。  「うーん・・・じいちゃんがどうしてそんな嘘をついたのかはわからないけど、これは本当の話だよ」  「でも私、十五年間生きてて、そのほとんどを普通の世界で過ごして───・・・あれ?」  普通の世界ってなんだ?  三ヶ月前、空から下りてくる光の柱を私はどこで見た?  学校は?友達は?行きつけのスーパーは?  私は、家の外でどうやって生活していたっけ?  「ッ痛・・・」  「マゴ・・・?」  過去を思い出そうとすると針に刺されたような頭痛がする。  「大丈夫?もしかすると覚醒の反作用が出たのかも・・・とりあえずベッドで横になろう。歩ける?」  手をひかれ、寝室へ向かう。気のせいか、ケヤキの背が伸びているような。私の手のひらの傷口に息を吹きかけてくれていたときは、私の腰あたりに頭がくるくらいの身長だったはずなのに・・・・・・これも先から記憶が噛み合わない脳のせいだろうか。
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